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クマとの遭遇記録、カモシカを食べたクマの糞、ブヨの大群、ワラビのアク抜き、イワナの燻製、山菜天ぷら・・・
やっと奥山もイワナの旬と山菜採りのシーズンを迎えた
釣り人はイワナ釣りに夢中、クマは草食いに夢中だった
故に、全く予期せぬ近さで遭遇してしまった

ブナ帯のイワナ釣り場は、クマのテリトリーとほとんど重なっている
改めて、積極的な自衛対策の必要性を痛感した
谷の雪代は、ほぼ終わりに近づきつつあった
イワナは、渓を飛び交う羽虫を胃袋がはち切れんばかりに貪っていた
丸々太った旬のイワナが竿を絞る・・・握りしめると魚体の太さに感激もひとしおだった
5月下旬の週末・・・K相棒と一週間前に山ごもりした沢へ再び向かった
昨夜は雨が降っていたが、予報によると、9時まで傘マーク、午前中は曇りであった
車止めを6時に出発・・・杣道を歩いている途中で雲は流れ、願ってもない快晴となった

長袖Tシャツ一枚でも汗ばむほどの陽気となった
一週間前、キクザキイチゲが満開に咲いていたが、そのほとんどの花が散っていた
下流部のウドは背丈が大分伸びて旬を過ぎていた

途中で朝飯を食べ、目的地に着いたのは2時間後の午前8時頃であった
階段状に巨岩が連なる谷を釣り上がる
巨岩は、魚から身を隠して釣る「石化け」には大変都合がいい
しかし、その巨岩の陰でクマが草を食っていたとすれば・・・

出合頭にバッタリ会い、襲われる危険は大きい
今回、出会ったクマは、そんな危険なケースであった
気温が上昇、狭い谷に太陽の光のシャワーが降り注ぐ
渓流の水面上を羽虫が盛んに飛び交っていた
まずは、丸々太った26cmほどの良型イワナが釣れた

胃袋はパンパンに膨らみ、顔の割に魚体は驚くほど太っていた
胃袋の中には、羽化したばかりの羽虫がビッシリ入っていた
もはやエサ釣りではなく、毛バリ釣りのシーズン到来を告げているようだ
クマとの遭遇記録
上の写真のように相棒は、左の腰にクマ撃退スプレー、前にクマ避け鈴を下げていた
私は右の腰にクマ撃退スプレー、前に三連のクマ避け鈴、さらにサブザックにも鈴を下げていた
にもかかわらず、耳が良いはずのクマでも、数mに近付くまで聞こえなかったようだ

階段状のゴーロ連瀑帯は、滝の連続といっていい
雪解け水で沸き返る連続滝の轟音は凄まじく、二人の鈴の音はかき消されたのであろう
先頭を相棒が釣り上がっている途中で、クマと遭遇してしまった
▲クマはエゾニュウの太い茎を食べ、フキなどがなぎ倒されていた

上の写真は、大クマが草を食べていた場所である
ここで、クマは沢筋に生えているエゾニュウやフキなどの若芽を食べていた
沢は右が上流、左が下流・・・我々は下流の左側から釣り上がってきた

その左の下流側には、大きな岩があり、お互いに相手が見えなかった
言わば、釣り人側から見れば、クマに「石化け」されているような状態であった

釣り人の五感は、イワナ釣りに集中していた
時計は朝の8時半頃・・・クマは朝飯を食べて寝ているはず・・・と、油断していた
上流の岩の陰で、大クマが草を食っているとは露知らず、釣り上がった

クマも、好物を夢中で食べている時は、釣り人の接近になかなか気付かないだろう
さらにゴーロ連瀑帯の凄まじい轟音で鈴の音がかき消されてしまった
相棒とクマとの距離は、およそ5mまで接近
▲奥森吉「野生鳥獣センター」ツキノワグマの剥製展示

さすがにクマも鈴の音が聞こえたのか・・・突然立ち上がり、岩越しに我々を見た
クマと目が合った相棒は、ただ「おっおっ」と叫んだだけだった
彼は、咄嗟に腰に下げていたクマ撃退スプレーを取り出そうとした

けれども、どこに下げていたのか分からなくなるほど興奮していたようだ
(これは右利きに対して左に下げていたからであろう。やはり右利きなら右に下げるべきである。)
クマは人と出会うと一般的に逃走するが、至近距離で極まると逆襲する

クマと釣り人との間隔5mという近さは、逃走か逆襲か・・・ギリギリのラインであったと思う
いや、この至近距離は、むしろクマの危険区域に足を踏み入れてしまったと考えるのが妥当であろう
従って、もし一人ならば、襲われる確率が高かったように思う

二人いる・・・しかも二人は一緒に下流から釣り上がってきた
クマは、逃走を選択・・・右の斜面に向かって走り出した
▲大クマが駆け上がった斜面・・・慌てて撮影したためブレているが、右上の黒い物体がクマだ。

後ろにいた私は、クマが逃げ出すまで分からなかった
斜面を走り出す真っ黒のクマ・・・しかもデカイ!!
100kg以上はある大クマだった(オスは約80kg〜130kg)

私はシャッターチャンスを逃さないために、カメラはいつも首にぶら下げている
しかもレンズは、手触れ補正付15倍高倍率ズームレンズだから全く問題なし
クマとの距離は数mと近く、クマが見えなくなるような障害物もなかった

つまり、野生のクマを撮影するには、これ以上ない絶好のシャッターチャンスであった
しかし、四足で飛び跳ねるように駆け上がる大クマに、一瞬、見惚れてしまった
あっ!カメラ、カメラと思いだし、慌ててシャッターを切った

クマが斜面を駆け上がるスピードは、あの巨体からは想像もできないほど速い
スポーツモードの連写なら撮れるだろうが、そんな余裕などあろうはずもない
画像は見事にブレ、かつクマの黒いお尻と足の一部しか写っていなかった

思えば、一生に一度あるかないかのシャッターチャンスを逃してしまった
カメラマンなら、この悔しさが分かるであろう
今でも、大クマが斜面を駆け上がるシーンは、
スローモーションビデオを見るように脳裏に焼き付いている
▲クマ対策グッズ・・・下から山刀、クマ撃退スプレー、3連のクマ避け鈴、爆竹

例1:もしもクマ避け鈴を下げていなかったら・・・
恐らく、クマは釣り人の接近に気付かず草を食い続けていたであろう
しかも、クマが草食いしていた目の前には、イワナの好ポイントがあった

釣り人なら、イワナの好ポイントを見逃すはずがない
岩陰にいるクマには気付かず、静かにポイントへ接近
クマが草を食っている場所で、竿を出そうとしたであろう

まさに鉢合わせ・・・
逃げ場を失ったクマは、釣り人の竿をバラバラにし、
釣り人に襲いかかったであろう

例2:もしもクマ撃退スプレーを持っていなかったら・・・
わすが5mの至近距離で、大クマが立ち上がった瞬間を想像いただきたい
この時、武器を一切持っていなければ、恐怖で冷静さを失うであろう

そうなれば反射的に、走って逃げようとするかもしれない
野生のクマは、逃げるものを追う習性がある
しかも、クマの走るスピードは、人間より遥かに速い

まして山の中・・・勝てる相手ではない
走って逃げれば、確実に襲われたであろう

例1〜2のように、クマに襲われるかどうかの分岐点は、
人間側の対応次第ということが分かる
▲ツキノワグマ

今回、クマ対策で奏功した点は・・・
@クマ避け鈴を下げていたこと
 例え5mとはいえ、クマは耳が良く、我々より先に気付いてくれた

A複数で行動していたこと
 ただし、仲間が走って逃げたりすれば、全員が襲われる危険に陥る。あらかじめクマと遭遇したら、決して「走って逃げない」ことをお互いに申し合わせておくことが肝要である。

Bクマ撃退スプレーを持っていたため、慌てず、騒がず、冷静に対応できたこと

 この三点に尽きるように思う
▲ブナ帯のイワナ釣り

なぜこの山にクマが増えたのだろうか

かつてはこの下流にマタギ集落が二つあった
しかし、今では高齢で現役のマタギは一人もいなくなった
さらに山仕事も激減、限界集落から廃村へ・・・

それは、クマと人との棲み分けがさらに難しくなっていることを意味しているように思う
マタギは、もともと「クマが増え過ぎても困るが、いなくても困る」人たちである
そういうクマとの微妙なバランス感覚を持った人たちが、山から消えてゆく

その結果、クマと遭遇する危険度は、昔に比べたら格段に高くなった
かつては、ツキノワグマ対策としてクマ避け鈴で十分であった
しかし、今ではクマ避け鈴を下げていても、頻繁にクマと遭遇するようになった

ツキノワグマは人を襲わない・・・
などと、悠長に構えていると、とんでもないトラブルに巻き込まれるであろう
▲カモシカの毛が入ったクマの糞

上の写真は、一週間前、同じ沢で撮影したクマの糞である
糞にカモシカの白い毛がたくさん混じっているのが分かるだろうか
このクマは、明らかにカモシカを食べているのが分かる

▽北秋田市阿仁比立内マタギのシカリ・松橋吉太郎さんの話
 (朝日新聞マイタウン秋田)

クマは雑食で、本来、木の実や虫を食べるけど、
最近はカモシカを襲う姿を見かけるな。
クマ同士で共食いをしていたって話も聞いたすな。


人に後ろから襲いかかってくるようにもなった。
臆病な動物だけど、肉食系になってるすな。



仙台高校教師・村上一馬さんが解読した「弘前藩国日記」によれば、
ツキノワグマが人を襲い食べた記録が記されている

例えば・・・
元禄12年4月29日、赤石組沢部村(現深浦町)の娘18歳が「カテ草」(増水などに炊き込む山菜)を採りに行き、クマに喰い殺された。腹が喰い破られ、首から頭まで剥がされていた

元禄16年6月5日、赤石組広戸村(現深浦町)の娘22歳がクマに喰い殺された。死体は、肩から肘までと股の肉が喰われていた

これらの記録は、ツキノワグマも、ヒグマ同様「人食いクマ」に変身する・・・
ということを警告しているように思う

ただし、人の味を知らないクマは、むやみに人を襲う動物ではないことも確か
故に、積極的な自衛対策を講じれば、無用なトラブルは回避できる
特に渓流釣りの際は、クマ避け鈴に加えてクマ撃退スプレーを携帯することをお勧めしたい
今回、相棒特製の針外しをもらった
しかし、イワナは、胃袋まで飲み込むほど無警戒にエサを追うほどではなかった
ゆえに、針は理想の口元に掛かり、特製針外しが活躍する機会がほとんどなかった

やはりイワナは、雪代が終わると、無警戒にエサを追わなくなる
まして快晴ともなれば、なおさらである
毎週のごとくイワナを追い続けていると、その微妙な変化に改めて気付かされる
不思議なことに、妙なアタリが二度あった

最初のツンツンというイワナ独特のアタリは同じである
その後、針ごと飲み込んで走るような強い引きに竿先は弓なりになった
すかさず合わせたものの、何故か針掛かりせず、エサだけとられていた

恐らく、頭のつぶれたイワナであろう
これは、上流枝沢の頭のつぶれたイワナが本流に流されてきたものではないか
姿を見ていないだけに想像するしかない
日当たりの良い斜面を見上げると、旬のシドケがたくさん生えていた
源流部にも、やっと山菜シーズンが到来した
竿を置き、斜面を駆け上がるも、フェルト足袋では滑ってなかなか簡単には採れない

斜面の傾斜がきつい上は見上げるだけにして、斜面下に生えたシドケを採る
日当たりの悪い斜面には、まだ雪が残っている
新緑のシャワーとマイナスイオンを浴びて、釣り上がる
まさに至福のひととき
この沢の標準的な個体・・・サイズは9寸余
口が小さい割に魚体は大きい・・・成長の早さを物語るような個体だ
斑点は大きく鮮明だが、側線前後の着色斑点は、極めて薄い

腹部の橙色の着色も、やや薄く、白い部分が目立つ
▲頭のつぶれた岩魚谷入口 ▲左の沢に懸る二段の滝 ▲滝上に出る枯れ沢

右の沢は、頭のつぶれた岩魚谷だが、そこに入れば、日帰りは不可能になる
従って、左の沢の右岸を高巻き、滝上の源流部に降り立つ
ブナの日陰でお湯を沸かし、のんびり昼食を楽しむ
▲ブナの巨樹 ▲ニリンソウ ▲シラネアオイ
▲日当たりの良い崖には、ゼンマイが群生していた

ニリンソウが咲けば、アイコ、シドケが生える
シラネアオイが咲けば、ゼンマイが生える
山菜の出が極端に遅い年であっても、自然の摂理に大きな狂いはない
昼食後、サブザックは置いたまま、穏やかな源流部を釣り上がる
イワナ釣りの楽しみは、釣りもさることながら、旬のイワナ料理、山菜料理を楽しむことにある
故に、釣り上げたイワナの鮮度を保つことが第一である

残雪がある時期は、必ずクーラー製ビグを持参する
イワナを釣り上げては、こまめに残雪を加えると、家に帰ってからでも旬の刺身を味わえる
今年は遅くまで残雪があるので、刺身を味わえる期間が長いのはありがたい
▲顔が黒くサビついた源流イワナ
▲泣き尺サイズの源流イワナ
▲相棒が魚止めの滝壺でイワナを釣り上げる瞬間を撮る

相棒も型の良いイワナを次々と釣り上げた
「皆、型がえ(良)なぁ」
イワナには大満足なのだが・・・ブヨの大群にはまいった

1〜2mmの小さな虫だが、汗臭い人間に大群となって群がる
顔、耳、首筋、手など、露出している場所ならどこでも刺しまくる
痛いだけでなく、猛烈に痒い

防虫ネットをかぶっても、その上から刺される
今後は、腰に下げる携帯用蚊取り線香や防虫スプレーが必携
▲アイコ ▲シドケ ▲ウド

雪代が終わる頃、イワナは丸々太り、最高の旬を迎える
さらにアイコ、シドケ、ウドもちょうど旬を迎えていた
当然、帰路は旬の山菜を採りながら下る

伐採跡地のワラビも最盛期を迎えていた
ワラビのアク抜き
▲ワラビの穂先を取り除く ▲穂先を取り除いたワラビ ▲大鍋にワラビを並べ、タンサンを適量ふりかける
▲熱湯を注ぎ蓋をし、一晩置いてアクを抜く ▲水洗いしてから調理 ▲ワラビのおひたし

▽野焼きとワラビ(「山に生きる人びと」宮本常一、未来社刊)

「焼いた後に野草の成長が良いことはすでに人々の知っていたことであろう。とくにそこにはワラビのような食用になるものが育ってくる・・・(長野県)奈川村では、山を焼くことはあってもヒエはつくらず、春はワラビの新芽をとり、秋はその根を掘ってネバナ(ワラビの澱粉)をとるのが女の仕事であり・・・

 ここには自然採取から農耕への過渡的現象が見られたのである。・・・秋田県でも仙北郡桧木内地方にネバナを主要食料とする生活のたてかたがあった。・・・山を焼くということはよい草を育てるためというのが共通した言い分であったが、それは屋根をふく茅草や田畑へ入れる肥草をとるためだけのものではなく、人間の食料を豊富ならしめる目的もあったであろう。」
イワナの燻製
▲燻製器スモーカー(大)F-240

釣り上げたイワナは、味を落とさず長期保存するには塩漬けがベスト
イワナをビニール袋に入れ、大量の塩を入れて、まんべくなく袋の上からかき回し、塩漬けにする
袋の空気を抜き、口を固く縛って冷蔵庫に入れて保存する

暇な週末がやってきたら、一昼夜(24時間)塩抜きする
岩魚の首がもげないように、タコ糸で魚体から口へ吊るすヒモを作る
物干しハンガーに吊るし、扇風機で一晩あるいは一日強制風乾させる

ちなみに風乾させたイワナを燻さず、そのまま焼けば「一夜干し風イワナ」でこれまた美味い

今回は、新しく購入した燻製器スモーカー(大)F-240を使って燻した
風乾させたイワナを吊るし、底に広葉樹のチップを入れた丸皿を置く
カセットコンロに乗せて2時間ほど燻せば完成

ちょっと乾燥させ過ぎて干物に近くなってしまったが、味はやはり抜群である
山菜の天ぷら
▲シドケとウドの若芽の天ぷら

日帰りのイワナ釣りは、帰宅すると疲れ果て、手間のかかる山菜の天ぷらがなかなかできない
今回は、天ぷら用のシドケ、ウドの若芽を新聞紙に包んで冷蔵庫に保管
翌日の夕食に天ぷら料理をやってみた・・・さすがに美味い、絶品!
ゼンマイ小屋とイワナ釣り
▽ゼンマイ小屋とイワナ釣り(「山漁」鈴野藤夫、農文協)

 昭和43年9月・・・会津駒ヶ岳に登頂した折りのこと、山頂近くの登山道で、タケ製の大型籠を背負い、一本竿を手にした檜枝岐村下ノ原の星常次とバッタリ行き会った。聞けば、中門岳から袖沢支流のミノコクリ沢に下降し、自身のゼンマイ小屋に泊り込んで付近を釣るのだ・・・という。

 このような山上に゛イワナ道゛が通じていたのには驚いた。常次はゼンマイ採りシーズンが終了するとイワナ釣りに従事し、著者が遡行した本流の御神楽沢は、常次の度重なる放流により、駒ヶ岳の下まで広範にイワナが棲むようになったという。
 今回釣り上げた源流部のイワナは、かつてマタギ集落で知られた山棲みの人たちが、ヨドメの滝上に移植放流したイワナの子孫である。そこには、イワナ道、ゼンマイ道、マイタケ道、マタギ道が通じている。山釣りのフィールドは、こうした旧魚止めの滝より上流の源流域がほとんどである。

 もし、人為的な移植放流がなかったとすれば、どうなっていただろうか。恐らく天然イワナの分布は、絶滅危惧種に指定しなければならないほど狭かったに違いない。当然のことながら、山釣りというスタイルも存在しなかったであろう。それだけに先人たちの度重なる移植放流に心から感謝を捧げたい。

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