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トンビマイタケ、丸太のような岩魚、威嚇するヤマカガシ、背骨が曲がった岩魚、「岩魚の湧く谷」は増える?
「夜泣き谷っていうところはね、まさに秘境と呼ぶにふさわしい渓谷だそうで、
美しい岩魚の宝庫、岩魚の楽園だって・・・」
映画「釣りキチ三平」に登場する岩魚の楽園・・・そんな夢の釣り場があった

真夏の渇水期にもかかわらず、無警戒に餌を追う岩魚たち
無垢なる岩魚の群れに、これまでの常識をことごとく覆されてしまった
丸太のような尺岩魚が8本・・・

まさに岩魚の楽園、岩魚天国、いや・・・「岩魚の湧く谷」であった
2012年8月11日〜13日、3名のパーティで懐かしの岩魚谷へ
かつての杣道は、伸びた草木に埋もれ、消えかかっていた
重い荷を背負い、アップダウンが続く藪道をひたすら歩く

むせ返るような暑さに、噴き出す汗は一向に止まらない
その汗に群がるアブの群れは、シャツの上から、おかまいなしに刺しまくる
だから真夏の藪歩きは、殊の外苦しい

小沢と出会う度に、コップに沢水をくみ、渇いた喉を潤す
ザックを置き、しばし休憩・・・
盆のキノコの代表「トンビマイタケ」を探しに、ブナが林立する森の斜面を上る
▲ブナの立枯木の根元に生えたトンビマイタケ

この周辺一帯は、ブナの巨樹が多い
かつて、倒れた老樹の根元に腐ったトンビマイタケを見つけたことがあった
その周辺を探すと・・・意外に簡単に見つかった

写真右側は、傘が開いた成菌
左の小さなものは、若い幼菌
この左の根元には、萌え出たばかりのマメもたくさん生え出していた
トンビマイタケの傘裏は白いが、触ると黒く変色する
黒くなっても味は変わらない
料理は、炊き込みご飯、天ぷら、ナスとの炒め物、鍋物など
車止めから、ひたすら歩くこと3時間余り・・・
ブナの倒木がある左岸をテン場とする
谷は真夏日が続き、岩魚釣りには最悪の渇水状態であった
渓流の流れは底石まで丸見えだった
釣り人に気付いた岩魚は、瀬尻から上流に向かって走った
それでも、岩魚は順調に釣れた

ただし、警戒心の薄い7寸〜8寸前後の塩焼きサイズが主であった
8寸以上の岩魚は、警戒心が強く、ほとんど餌を追わなかった
ほどなく谷は、S字状のゴルジュとなり、この奥に二段20mの滝が懸っている
明日は、この滝を大きく高巻き、さらに両岸切り立つ馬の背を越えて秘渓の源流へ
そこは、まさかの岩魚の楽園であった
▲トンビマイタケの天ぷら
焚火で焼く岩魚は6匹・・・明日の昼食と夜の宴会用だ
久しぶりに焚火を囲み、山の幸で一杯やれば、どうしても深酒になってしまう
予定の酒は、早々と飲み干し、ウイスキー1本を空にしてしまった

翌朝起きると、まだ二日酔い状態
ハードな山越えには、最悪の体調であった
二段20mの滝を大きく高巻く
滝上は、ブナの原生林地帯・・・
その右岸の高台には、かつて地元の岩魚好きの猟師たちが泊ったテン場があった

そこには、ブルーシートや簡単な鍋釜がデポしてあった
恐らく、昔は、この周辺に狩り小屋を設けていたに違いない
そこをベースキャンプにして、対岸の尾根を一つ越えた険谷の源流へ分け入っていた

人跡稀な奥地で、彼らは春の熊狩りから岩魚釣り、ゼンマイ、マイタケ採りをしていた
今は、引退したのであろう
彼らの姿を見掛けなくなってから久しい
岩魚の湧く谷(「岩魚山脈」西野泰平、朔風社より抜粋)

 「この奥にね、岩魚の湧く谷があるんですよ」
 「えっ、岩魚の湧く谷って?」・・・

 「53年の梅雨期に名古屋から来た二人の釣り人がその谷で遭難したことがあって、私の村と隣の村の消防団員が出て、遺体の捜索をしたことがありましてな。その時のことなんですよ」
 と、岩魚の湧く谷のエピソードを語り出した。・・・

 役場職員によると、その谷は階段状の落ち込みと小さな滝が連続し、谷の両側は絶壁が切り立っていて容易に人を寄せ付けない。だが、その回廊のどこまでも続く落ち込みには大きな岩魚の群れが回遊しているという。彼らはその姿を夢見ながらひたすら激しい雨を突いて進んでいったに違いない。

 それが・・・。夢が現実とならないうちに、鉄砲水に呑まれてしまった。
「二人の釣り人が命を賭けて行ってみたくなった谷」・・・
思えば、そんな「岩魚の湧く谷」の形容がピッタリな谷であった
水量の少ない真夏の渇水期に、この谷を訪れるのは初めてのことだった
釣り上がるには、拍子抜けするほど楽であった
次々と底まで見透せる淵や瀬が現れる・・・一般的な谷なら岩魚の影さえ見えないはずである

幸い、釣り人に気付いた岩魚は、瀬尻から盛んに走った
岩魚の魚影は濃いようだ
しかし、岩魚釣りの常識では、一旦岩魚に走られると、岩魚の勝ちである

瀬尻から走る小岩魚は、偵察隊と言って、淵の仲間にも危険信号を発信する
だから、そのポイントでは釣れないはずである
稀にヒットしたとしても、警戒心のない7寸以下が相場である

ところが、走った岩魚より大きい岩魚(8寸以上)が掛かってしまうのだ
果ては、偵察岩魚に走られたポイントから尺岩魚までヒットしてしまうからたまらない

釣れない釣り日和の常識を体の芯まで叩き込まれた釣り師にとって、その衝撃は大きい
もしかして、この岩魚たちは釣り人を見たことがないのだろうか
早合わせで失敗すると・・・引き抜いたはずの岩魚を水面に落としてしまった
逃げた岩魚は、二度と餌を追わないというのが、釣り人の常識である
ところが、再度振り込むと、同じ岩魚がいとも簡単に釣れてしまうのだ

これは明らかに、「釣り人」も「針」も「糸」も見たことがない岩魚たちに相違ない
そんな夢のような釣り場があったとは・・・ブナ虫
俄かには信じ難い出来事であった

この谷の岩魚は、顔が小さい割に魚体は幅広で太い
それは、成長の速さを物語っていた
この谷は、日帰りの釣りは不可能な奥地に位置している

さらに入口は、釣り人を拒絶する難所がある
V字谷の両サイドは、ブナ・ミズナラの原生林地帯で、餌が滅茶苦茶豊富・・・
それが「岩魚の湧く谷」の秘密であろう
▲丸太のような尺岩魚

小谷の源流部は、壺も小さく水深も決して深くない
そんな、さもないポイントに餌を振り込むと、丸太のような尺岩魚がサッと現れ、貪欲に食らいつく
それを見た仲間が、「餌がないんだがぁ」と言った

岩魚は、一様に飢えていると勘違いするほど、無警戒に餌を追った
魚体を見れば明らか・・・岩魚の胃袋は落下昆虫などでパンパンに膨れ上がっていた

かつて、魚止めの滝壺で釣り上げた尺岩魚の腹部を見て驚いたことがある
岩魚の腹が異様に膨らみ、まるで蛇が動き回るようにビクビク動いていた
お腹を裂いたら、何と7匹もの
サンショウウオが出てきた

サンショウウオを腹一杯呑み込んでも、何でミミズに食らいつくのか
食えるものなら何でも食らう・・・岩魚の獰猛さに驚嘆させられたことがあった
だから、岩魚は、例え満腹でも、流れる餌を追い食い貯めをする習性がある
仲間が釣り上げた岩魚を撮るべく、河原に竿を置いた
すると、そのすぐ右隣にヤマカガシがいた
蛇嫌いにとっては、背筋がゾッとした

左の写真は、通常状態のヤマカガシ・・・細く痩せた感じだが・・・
右の写真は、石を投げて攻撃すると、頸部を広げて威嚇モードに入った時の写真
これが同じヤマカガシとは思えないくらい、威嚇モードに入ると別人のように大きく見える

この天敵から身を守るための変身術・・・別の大きなヤマカガシではないかと心底思わされた
▲丸太のような尺岩魚2

いかにも大物が潜んでいそうな深い滝壺があった
そのすぐ下流で副会長が9寸余りの岩魚を釣り上げた
今度は私の番・・・滝壺の中央に振り込み、オモリなしのブドウ虫を流す

岩魚は、深い滝壺の底から浮き上がり、水面を漂うブドウ虫をくわえて反転した
すかさず合わせると重い・・・竿は満月のようにしなった
水面に顔を出した岩魚を見て・・・こりゃデカイ!

慎重に水面を引きづり込むように岸に寄せて取り込む
左手で握りしめると、手に余るほど体高のある岩魚であった
 「渓流釣というのはある種の人間にとっては、たとえようもなく楽しいものである。
 人生最高の愉楽であると称して過言ではない。

 つきつめていえばその魅力の根元は、人跡もまれな山奥の清冽な谷水のなかに
 想像を絶した美魚がすむという認識にあると思う。」(「愛もて 渓魚を語れ」紀村落釣、平凡社)
▲丸太のような尺岩魚3

斑点が北海道のエゾイワナのように大きく鮮明である
ただしアメマス系ではなく、側線より下に薄い橙色の着色斑点を持つニッコウイワナ系である
▲丸太のように幅広で肉厚な岩魚たち

3人で釣り上がっても、入れ替わり立ち替わり釣れてくる
まるで岩魚天国に迷い込んできたような爆釣モードに、釣り人は岩魚しか目に入らなくなった
入れ食いともなれば、リリースサイズはワンランク上げて8寸以下はリリース

それでも、網袋はすぐに一杯となった
▲丸太のような尺岩魚4

この沢に初めて入渓したのは、今から25年ほど前のことである
当時は、ほとんど岩魚の魚影が見られなかった
ところが、魚影が薄かった谷が、「岩魚が湧く谷」に一変していた

俄かには信じ難い出来事であった
よくよく考えると、当時は、山を知り尽くした地元の猟師たちも若く元気であった
当然のことながら、彼らが釣った後に入渓しても、スレた岩魚は姿を隠していたに違いない

今は、彼らも引退して久しい
真夏の渇水期にもかかわらず、常識破りの入れ食いが続くということは・・・
この谷の岩魚たちは、久しく釣り人を見ていない証左であろう
▲クマの足跡 ▲クマがフキをかじった痕跡

岩魚の魚影が濃い谷は、決まってクマの密度も濃い
クマも無人境になれば、人を警戒せず、沢筋に足跡を堂々と残すようになる
▲丸太のような尺岩魚5(33cm)

長谷川副会長は、持参したブドウ虫を使い果たし、予備のミミズで釣り始めた
すると、いきなりワンランクでかい岩魚が掛かった
引きずり込んだ尺岩魚は、あらん限りの力を振り絞って河原でバウンドを繰り返した

精悍な面構えをした33cmのオス岩魚であった
こんな光景を見ていると、渇水期には「ミミズが一番」と錯覚してしまいそうだ
しかし、釣り人の多い渓流では全く通用しない
▲岩魚茶漬け
釣りに大満足した三人は、昼に1時間ほど早く昼食をとる
塩焼きした岩魚茶漬けは美味い
この時点で滅茶苦茶釣れる餌釣りには、釣欲をなくしてしまった

どうせリリースするなら、竹濱毛バリに切り替えて釣り上がることに
チョウチン毛バリ初心者のK氏にも、岩魚がバンバン釣れた
毛バリ釣りは、リリースしながらスピーディに釣り上がるには最適な釣法だ 
▲蛇のように背骨が曲がった奇形岩魚

長谷川副会長が9寸余りの良型岩魚を釣り上げた
写真を撮ろうと近づけば・・・背骨が曲がっているではないか
蛇好きの副会長でさえ、蛇岩魚はさすがに気味悪かったようだ

写真を撮ると、すぐさまリリースすると宣言した
魚止めの滝壺・・・
壺の上でジャンプしている岩魚が見えるだろうか
釣り上げた岩魚の最大は33cm、尺物が8本・・・
9寸〜泣き尺サイズ多数・・・しかも全てが幅広で肉厚な岩魚であった
岩魚の湧く谷・・・「これは嘘じゃねぇ、夢じゃねえぞ」
▽「岩魚の湧く谷」の難所越え

生かしたままデポした岩魚を野ジメにして背負う
帰路は、比較的緩い脇尾根ルートを上る・・・次第に傾斜は急になる
木につかまりながら5歩、10歩進んでは立ち止まる

目に入るほどの汗をぬぐい、息をつく、その繰り返しで分水尾根に向かって上り続けた
やっとの思いで分水尾根に辿り着く
尾根の両サイドは、斧で切り落としたように垂直に近い崖が谷まで続いている

低いコルまで下ろうとしたが、途中で一本尾根を間違えてしまった
傾斜がかなり急な尾根を下っていくと、眼下に、先ほど釣り上がった谷が見えた
間違えたことに気付きガックリ・・・再度上り返して、やっと目的のコルに達した

真夏の藪こぎ、峰越えは、汗が吹き出し止まらないほどむさ苦しい
さらに膝が炎症を起こし、苦しさは倍増してしまった
こうした難所があるからこそ、「岩魚の湧く谷」が釣り人を拒み続けているのであろう
「岩魚の湧く谷」が増える?

「昔は岩魚がうじゃうじゃいた」という類の話は、耳にタコができるほど聞かされたものだった
だから、岩魚釣りに関しては、いつの時代でも早く生まれ過ぎるということはない・・・と思っていた
ところが今はどうか

どこの山村も廃村化の危機に直面している
山仕事が減り、林道の崩壊も著しい
加えて、山を知り尽くしている地元の岩魚釣り&猟師たちが、次々と山から姿を消してゆく

もちろん、その後を継ぐ若者は皆無に等しい
岩魚は、もともと山村の暮らしに最も密着した川魚の筆頭であった
それだけに山村の変化とともに、岩魚の魚影も変化して当然であろう

だから、こうした「岩魚の湧く谷」が珍しくない時代が来るかもしれない
人口減少が続く日本・・・岩魚釣りに関しては、もう少し後に生まれた方がベストかもしれない

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