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キブシ、バッコヤナギ、根回り穴、雪渓、早春イワナ、イヌワシに食われたウサギ、イヌワシの生態
 イワナを追ってブナ帯の谷を歩いていると、食物連鎖の生々しい場面に遭遇することも少なくない。今回は、白神山地の小河川で、生態系の頂点に位置するイヌワシがウサギを食べていた場面に遭遇した。

 白神のブナ林では、食物連鎖の頂点に位置するイヌワシやクマタカ、樹洞で繁殖するクマゲラ、コノハズク、ブッポウソウ、渓流沿いにはシノリガモ、カワガラス、ヤマセミ、アカショウビンなど鳥類94種が知られている。
▲春を告げる木の花・キブシ ▲バッコヤナギ

 まだブナ林の芽吹きは始まっていない。冬枯れの殺風景な中、枝から垂れ下がる淡い黄色の花は良く目立つ。バッコヤナギは、ネコヤナギに似ていることから別名「ヤマネコヤナギ」とも呼ばれている。いずれも春を告げる木の花である。 
 どうも天気と休みのリズムが合わない。
 2013年4月24日、午後から雨との予報・・・
 昼までには納竿する予定で秋田市を朝4時前に出発した。身支度をして車止めを6時発・・・曇天の中、相棒二人とともにイワナ谷に向かった。
 大きな壺には、イワナが群れているのが見えた。
 しかし、食い付かない。
 挙句の果てには、エサを入れると逃げるイワナまでいた。

 その異様なイワナの反応は・・・連日、釣り人たちに攻められている証だった。こういう場合は、どんなテクニックを駆使しても釣れない。釣れたとしても、警戒心の弱い小イワナである。こうしたイワナの警戒心の強さがあるからこそ、イワナは釣り切られることなく生きているのである。
 大きな淵では、オシドリ夫婦が水面で戯れていた。
 近付くと二羽が同時に水面を乱しながら上流へと飛び立っていった。
 淵のイワナは、一斉に岩陰に隠れる。

 オシドリ夫婦にも釣りを邪魔され、苦戦に苦戦を重ねる。荒釣りしながら先を急ぐしかない。上のイワナは、マグレで釣れた一尾である。
 日本海側に注ぐ小河川とはいえ、源流部になると雪が多い。
 根周り穴は、今冬の大雪を象徴している。
 雪崩で谷を埋め尽くした雪渓・・・源流部は今だ冬といった風景が続く
 けれども、ここまで来れば、釣り人の足跡も消えた。
 当然のことながらイワナの食いは良くなった。
▲早春のイワナ

 4月下旬とはいえ、谷の気温、水温ともに低い。
 指先の感覚がなくなるほどだ。
 T相棒は、渓流シューズにウォーターソックスを履いていたが、寒さで震えが止まらなくなった。

 彼がポイントに振り込むと、目印が小刻みに震える。
 アタリかな・・・と思って見ていると、寒さで竿全体が震えているだけだった。
 ホッカイロを張って何とか凌いだ。早春の足ごしらえは、保温性に優れた渓流足袋が勝る。
▲小沢の源流部を釣る ▲カモシカの足跡

 源流部は、川幅も狭く、ザラ瀬が続く。
 残雪には、クマやカモシカの足跡が目立つ。
 まるでイワナの種沢のような 小沢だが、ポイント毎にイワナが釣れた。 
▲腹部が柿色に染まった居付きのイワナ
▲イワナを釣りあげたT相棒

 最源流部の小滝の滝壺。
 雪の上からポイントへエサを振り込む・・・同時に竿は弓なりになる。
 強引に引き抜き、手元に寄せる。

 イワナは、雪の上で舞い踊り、釣り人の心も舞い踊る。
 釣り上げたイワナは野ジメにし、クーラー製ビグに雪を入れて旬を保つ。
 三人とも、食べる分は釣ったので満足して谷を下る。
 まだまだ北国のイワナ谷は雪が深い。
 午後を過ぎても、目に見えるほどの雪代は出てこなかった。

 故にイワナの旬にはほど遠く、今後の気温上昇と雪代に期待したい。
イヌワシに内臓を引き抜かれたウサギ

 三人ともクマ避け鈴を鳴らしながら谷を下った。我々の接近に驚き、右下の沢筋から圧倒的に大きい翼を広げて巨大な鳥が飛び立った。イヌワシだ。その飛び立つシーンは、スローモーション映像を見るように印象的であった。

 飛び立った場所に降りて観察すると、雪の上が赤い血に染まり、白い毛が散乱していた。ウサギの内臓は抜き取られていた。
雪の上の鮮血とウサギの内臓

 抜き取られた内臓は、食卓のような雪の上にきちんと置かれていた。恐らくウサギの内臓を食べようとしていた時、我々に邪魔されたのだろう。翼を広げると2mもあるイヌワシは、時速100km以上の速さで地上の獲物を襲い、あっという間に息の根を止めてしまうという。
▲周辺に散乱していたウサギの白い毛

イヌワシの生態

 イヌワシの狩り場は、草原や樹木のまばらな荒地。特に人為的に維持されてきた伝統的な放牧地や採草地を好むという。国内最大の生息地である岩手の北上高地は、山頂部が平坦な高原で、牧場や牧草地が多い。昔は春一番に野焼きをすると、イヌワシがたくさん集まってきて、煙で追い出されたウサギをさらっていったという。

 しかし草地は、人為的に管理されなければすぐに消滅する。牧場や放牧地の荒廃がイヌワシの生息を危うくしているという。イヌワシは、二次的自然と共生してきた鳥という事実には驚かされる。もちろん、落葉広葉樹林は冬季を中心に有効な狩り場になっている。

 主に野ウサギやヤマドリ、キツネ、タヌキ、アカネズミ、2mクラスのアオダイショウ、シマヘビなどを捕食する。東北地方では、晩秋から巣作りなどの繁殖行動を始め、翌年二月中旬から下旬の真冬に産卵する。43日前後、片時も巣を空けないよう、メスとオスが交代で抱卵する。3月下旬頃にふ化する。幼鳥はふ化後75〜80日ほどで巣立つ。
イヌワシが舞う谷(白神山地滝川支流西の沢の岩壁)

 白神山地でイヌワシが舞う姿を目撃したのは、長大な岩壁が連なる滝川〜西の沢周辺である。イヌワシは、断崖の岩場や大木に巣をつくる習性をもつ。直径2mぐらいの巨大な巣はザラにあるという。この谷間の上空を上昇気流に乗ってゆっくりと飛翔しながら獲物を探している光景を見たことがある。

カイニズム

 日本のイヌワシは二個の卵を産み、二羽ふ化する。ヒナの体重は100g程度で真っ白の産毛に覆われている。最初に生まれたヒナは、二日後に生まれたヒナを猛烈につついていじめる。そばにいる親は、衰弱して巣の縁にいるヒナを助けようともせずエサもやらない

 ヨチヨチ歩きのヒナは逃げることもできず、やがて死んでしまう例が多いという。この行動は旧約聖書のカインの弟殺しに例えて、カイニズムと呼ばれている。日本イヌワシ研究会の調査によると、98%以上の確率でカイニズムが起こっている。こういう高い確率の場合は「無条件カイニズム」と呼ばれている。 
 帰る途中、雪解けの早い海岸部で山菜を探ってみた。
 カタクリとキクザキイチゲは満開だったが、アイコは芽さえ出ていなかった。
 山菜シーズン到来を告げるニリンソウの大群落は、まばらにツボミが出たばかり・・・

 山菜の出は、遅かった昨年よりさらに遅い。
 ギョウジャニンニクを少々採ると、ほどなく大雨となった。
 イヌワシと同じく、我々人間も自然の命をいただいて生きている。
 その自覚を忘れてはいけない。
 山の神様から授かったイワナに、感謝しながらありがたくいただく。

 釣りたてのイワナは、串を刺さないで焼くと丸く変形し、うまく焼けない。
 だから、新聞紙にくるんで一日冷蔵庫でねかせてから、翌日焼くとうまく美味しく焼ける。
 一日目は、イワナの唐揚げ、二日目はイワナの塩焼きで熱燗を飲む・・・絶品、絶品!

参 考 文 献
「イヌワシの四季」(関山房兵、文一総合出版)     

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