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若葉と花、残雪・雪代と渡渉、尺イワナ、死んだツキノワグマ、マタギナガサ、オオサクラソウ、山釣り30年
 一日目の夜の冷え込みは半端じゃなかった。持参した着替えを全て着込み、腹と背中にホッカイロを貼っても、余りの寒さに眼が覚めるほどだった。翌朝、テントから出ると雲一つない青空が広がっていた。丸一日、イワナと遊ぶにはこれ以上ない好天に恵まれた。朝飯を食べて午前8時頃、テン場を出発。
▲ブナの若葉と花

 新緑に黒っぽい点が幾つも見えるが、それがブナの花。垂れ下がっているのがオスの花、上を向いているのがメスの花である。オス花は、大量の花粉を放出して落下する。ブナは、風で花粉を飛ばす風媒花である。その内の数億分の一とも言われる超低確率で、メス花と受粉、やがて果実に成長することができる。

 ブナの実の豊作は、6〜7年に1回程度と言われている。昨年はブナの実が大豊作であったから、今年は不作の年である。ブナの実は、秋に落下し、ネズミや鳥によって別の場所に運ばれるものもある。その中で、運よく春まで生き残ったものだけが、ブナの子として芽生える。
▲クロモジの若葉と花

 ブナ林の中でいち早く若葉と花を咲かせる低木林の代表がクロモジ。穴から出たクマは、タムシバの花やクロモジの若芽を手前に手繰り寄せて食べる。
▲新緑に映えるムラサキヤシオツツジ ▲エンレイソウ
▲茎が太いシドケが群生する斜面  ▲エゾニュウの若芽
 ゴルジュ右岸の高台は、旬のシドケとアイコが群がって生えていた。金光氏は山菜採取担当。長谷川副会長は、残念ながら病気療養中のため欠席・・・何とか春一番の山菜を届けて元気づけたいとの思いで、金光氏に彼の分も採取をお願いした。残りの4名は、竿を担いで上流へと向かった。
 昨日は増水で渡渉できなかった難所・・・渓流に横たわる枝を頼りに激流を突破した。ここから滝までは150mほどしかないが、とりあえず竿を出して釣り上がる。 
 右岸から枝沢が合流する地点は、水深が浅く、一見イワナのポイントには見えない。けれどもこうした合流地点は、本流と枝沢の両方からエサが流れてくる絶好のエサ場である。その浅瀬から、予想どおり尺イワナが飛び出した。
 雪代で増水した渓流は、ポイントが極端に少ない。それだけ流れが緩く、水深の深い大場所に集っている。丁寧に攻めると、8寸から9寸サイズのイワナが竿を絞った。顔の一部に、まだ黒いサビが残るイワナたちであった。
▲山釣り最長老・満80歳の中村会長・・・今年も元気にイワナを釣る

 雪代で沸騰する滝壺・・・イワナたちは、まだ越冬状態のままかなりの数が、この滝壺に集っていた。三段から流れ落ちる滝の飛沫は、シャワーのように降り注ぎ、カメラを持って不用意には近づけないほど凄まじい。中村会長は、雨具と胴長で完全武装し、イワナを次々と釣り上げた。  
 10匹ほど釣り上げたイワナは、網袋に入れて生かしたままデポし、大滝の右岸の岸壁を攀じ登る。滴る汗をぬぐいながら振り返ると、新緑の波は尾根に達する勢いで、見事な絶景が広がっていた。、
 新緑に一際映えるオオヤマザクラの淡いピンク・・・しばし、新緑と花見を楽しみながら休む。すると、先行していた小玉氏が待ち切れず、催促の合図を何度も送ってきた。そこから一気に杣道まで這い上がる。いつものことだが、最短ルートとは言え、落差200m近い直登は苦行そのものである。
 杣道に出ると快適そのもの。道は一部崩れたり、藪の中に埋れて不明瞭になっているものの、順調に辿る。見上げれば、萌え出たばかりの新緑が陽射しにキラキラと輝き美しい。
 V字谷の対岸には、残雪と新緑の絶景が拡がり、眼下には雪代の轟音とともに白い流れの帯が見える。上二又に達すると、カタクリとキクザキイチゲが満開に咲き誇っていた。テン場周辺は「春爛漫」なのだが、ここは「早春」の風景そのものである。それほど中流部と源流部では、季節感に隔たりがある。

 二又でのんびり昼食をとった後、釣り開始。ほどなくイワナが2匹釣れたが、増水した沢を渡渉しながら釣り上がるには難渋した。
 源流部は雪が深く、陽が高くなるにつれて雪解け水で水位が上昇してきた。苦労して渡渉しても、釣るポイントは白泡で渦巻き、ほとんどないに等しい状態であった。中村会長に諦めて戻るサインを何度も送ったが、上流へ行くといって頑固一徹に突き進んでいった。すると、山釣り30周年で初めての珍事に遭遇した。
 上の写真をよくご覧あれ・・・流木の下に黒い物体、右足の爪が見えるだろうか。中村会長と私、ナベちゃんは、この物体を見過ごして通過していた。一番最後の小玉氏がこの黒い物体に気付き、「お〜い、倒木の下さ、クマいるど」と叫んだ。

 上流から振り返ると、黒い物体は何も見えない。クマが倒木の下にいるわけがない。その意味が分からなかった。何度もしつこく叫ぶので、下がって倒木の下を覗くと、流れの中に没したクマの足がはっきり見えた。二人で引き上げようとしたが、倒木もクマも重く、微動だにしない。先行する中村会長を呼び戻し、3人で水中から引き上げる作戦に切り替える。
 倒木の下敷きになっているクマを引き上げるには、二人で倒木を上に上げ、フリーになったクマの足を私が引っ張る。これを何度か繰り返し、やっと河原に引き上げる。
 死んでからどれほどの時間が経過したのだろうか。試に手をナイフで切ると、血が滴り落ちた。肉も硬直しておらず、死後数時間しか経っていないようであった。河原に仰向けにすると、そのデカさが良く分かる。オスに違いないと、○○を探したがなかったのでメスでろう。
▲胸にV字型の月の輪がある ▲前足(手)の鋭い爪
▲右後頭部横に腫瘍のようなコブがある

 見た目に異常な点は、右後頭部横に腫瘍のようなコブがあったこと。何らかの病を患い、苦しくなって沢に下りて水を飲んでいる最中に死亡・・・雪代の増水で流され、カーブ地点の倒木の下に引っ掛かったということだろう。ちなみに歯には虫歯のようなものがみられたので、高齢のクマであろう。
▲クマが死ぬ時は舌を出すという ▲後ろ足

 野生のツキノワグマをこの手で触ったのは初めてのこと・・・死んで間もないだけに感動ものであった。最後に手を合わせて拝み、成仏を祈った。
 クマを観察していると、あっという間に時間が過ぎた。時計を見れば午後2時を過ぎていたので、雪代はピークに達していた。早々と竿を畳んで帰ることにする。その途中、激流を飛び跳ね、着地を誤って古傷が残る右足首をまたしても捻挫してしまった。これが、翌日以降、無理して苦しむ結果となってしまった。
▲9寸前後〜尺イワナ(最大は30.5cm)

 数こそ少ないが、刺身に最適なサイズがそろった。しかも、つい先ほどまで生きていただけに鮮度も抜群・・・こういう旬のイワナを刺身用にさばくのは、実に楽しい。
▲刺身をとった後のアラと皮は唐揚げ用 ▲三枚におろした残り、頭と骨は焚き火で焼いて骨酒用に使う
▲清流とイワナの刺身 ▲山菜のおひたし
▲源流酒場&喫茶店
▲北秋田市西根正剛四代目・西根登さん作「マタギサガサ」

 又鬼山刀(マタギナガサ)の唯一の製作者だった故西根稔さんの意志を継ぎ、弟弟子である北秋田市小又の西根登さんがマタギナガサを製作している。 
▲オオバキスミレ ▲ミヤマカタバミ
▲岩場に芽を出し始めたゼンマイ

 谷が新緑ともなれば、ゴルジュ帯の岩場に咲くオオサクラソウが気になった。一人下流に様子を見に行った。雪代で川を横断することができず、右岸の笹薮を大きく高巻きながら下がり、目的の場所に辿り着くと・・・  
▲希少種・オオサクラソウも咲き始めた。

 オオサクラソウの花は、残念ながら咲き始めたばかりで花も小さかった。珍しい白花は、まだ花芽さえ出ていなかった。左にカーブする右岸の岩場は、オオサクラソウの大群落地帯・・・一斉に小さな花を咲かせていたが、満開までにはもう一週間ぐらいを要するだろう。
▲帰路、萌え出た山菜を採りながら小沢を上る

 右足首の捻挫は、これまで何度もやって癖になっている。特に今回の痛みは激しかった。重い荷を背負って歩いている時は、夢中で歩いているせいか、傷みもそんなに気になるほどではなかった。ところが、家に帰った途端、ろくに歩けないほど重症化していたことに気付く。

 二階に上ることができず一階で眠ったが、激痛で時々眼が覚めるほどだった。全治一ヶ月・・・といった悪夢が脳裏をかすめた。翌日、救急外来へ行きレントゲンをとると、幸い骨折ではなく、骨のひび割れの可能性はあるが、かなり微妙とのこと。右足首を足関節装具で固定し、二日ほど安静にしていると腫れも、傷みもひいた。幸い回復は思ったより早そうだ。
▲今回の山釣りメンバーは、5名。うち会発足当初から30年間、苦楽を共にした仲間は3名である。

山釣り30年を振り返って

 白神の源流では大雨濁流に呑み込まれそうになったり、秋田・青森を襲った史上最大の台風19号に遭遇したり、予定日に帰れずV字谷に閉じ込められ遭難騒動を引き起こしそうになったり、薬師岳稜線で遭難しかねない悪天候に見舞われたり、日高のヒグマと遭遇・戦慄する恐怖を味わうなど、一歩間違えば死を招くようなケースも少なくなかった。それだけに、30年もの長きにわたり、大きな事故や怪我もなく、無事にやってこれたのが奇跡のようでもある。

 ただ言えることは、会結成2年目で、大雨・濁流渦巻く地獄の世界を経験・・・山の初心者時代に山の怖さを叩き込まれたことが幸いしたように思う。その山の怖さを身体で知ることが、山を安全に歩く第一歩である。そのことだけは昔も今も変わらない。

 山は時に雪崩、雪渓崩壊、大雨・増水、雷、鉄砲水、落石、台風、地震、火山爆発など、人智を超えた災いをもたらす。だから山を畏れ敬い、山の恵みに対しては感謝を忘れてはいけない・・・このことは、骨の髄まで沁み込んでいる。この山の神様から教えられた「畏敬と感謝」の念は、山に生きるマタギも山釣りも同じである。      

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