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ワッペン、新緑と雪渓と青空の美、白神の啓示、サカサ沢、マス止めの淵、蛙合戦、ツツミ沢、白滝、黒滝
 世界自然遺産白神山地の名渓の一つ・追良瀬川源流を歩くのは2005年以来、約10年ぶりのことであった。昨年は、世界自然遺産登録20周年だっただけに、核心地域の様子が気になっていた。山越えルートや滝の高巻きルートの踏み跡がどうなっているのか、旧テン場跡の状況は・・・ブナの新緑や清流、山野草、マス止めの淵、白滝、黒滝などの美景を撮影するのが、今回の山旅の主目的であった。

 今年は山の雪解けが遅く、これまで経験したことがないほど雪渓の多さが際立っていた。それだけに、ブナの新緑と雪渓のコントラストは見事であった。核心地域の入山状況については・・・・ウズラ石沢合流点より上流の追良瀬川源流部に限れば、訪問者は極めて少ないと思われる。それは何故なのだろうか・・・考えてみたい。
▲一日ボランティア巡視員のワッペン ▲真瀬川を詰め追良瀬川源流へ

 世界自然遺産白神山地核心地域への入山に当たっては、津軽森林管理署に「入山届出書」を提出した。今回も「一日ボランティア巡視員」を引き受けると、ワッペンが送られてきた。久々に白神山地を歩いたが、道はないのに等しく、真瀬川から追良瀬川源流サカサ沢BCまで約6時間・・・やはり白神の懐は深く遠いというのが実感である。

白神山地の入林(東北森林管理局)
核心地域内指定ルートの現地状況(PDF)
今年の山は残雪が多く、滑落に注意

 今年は山の気温が低く雪解けが遅い。6月1日、秋田駒ヶ岳の山開きに、通称・ムーミン谷の雪渓で滑落が発生し、1人が死亡、2人がけがをした。白神山地核心部への入山ルートは、沢から沢へのルートが多い。いずれの谷も雪渓が多く、かつ傾斜もきつい。山釣りの場合は、滑り止めとしてピンソールやスパイク付地下足袋などの足ごしらえが必須である。
▲新緑のシャワーを浴びて ▲時にはロープを伝って上る ▲窪地を上ると県境稜線
▲県境を越えるとブナの新緑と雪渓が目の前に広がる

 源流部には、未だに分厚い雪渓が残り、雪代は依然として続いていた。そんな時は、下流からの遡行は困難を極める。さらに雨が降れば最悪・・・雨に雪解け水が加わると急激に増水するから命がいくらあっても足りない。だから新緑と雪渓の美を撮るには、沢から沢への山越えルートしか選択の余地はない。
▲雪渓が連続する谷を下る
▲けもの道に等しい痩せ尾根を下る ▲滝と険しい岩場は高巻く
▲樹間から白神岳稜線を望む ▲ギンリョウソウ
▲新緑とムラサキヤシオツツジ ▲シラネアオイ
▲シドケ(モミジガサ) 
 沢を完全に塞いでいた雪渓が解け、萌黄色のブナの新緑も深くなると、左手から三ノ又沢ルートの小沢が合流する。この周辺の岩場には、オオバキスミレ、シラネアオイの群生に混じってトガクシショウマが美しい咲き誇っていた。ここからサカサ沢BCは近い。
▲白神の妖精「トガクシショウマ」

 ブナの森が新緑に染まる頃、源流の谷に群生するトガクシショウマは、白神に春を告げる草花の代表である。美しく可憐な草花で、勝手に「白神の妖精」と呼んでいる。絶滅危惧種1A類のオオサクラソウは、白神の一部で大群生する場所があるが、追良瀬川源流部では一度も見たことがない。
▲サカサ沢標高520m二又

 二又左岸高台が定番のテン場だが、綺麗に跡片づけがなされていてマナーの良さが伺える。周囲はブナの森に覆われ、清流のせせらぎの音が心地よい旋律を奏でる。ここまでは世界自然遺産の緩衝地域、ここから下流部が核心地域である。
▲白神の朝・・・「白い神の啓示」

 雪渓が残る源流部の谷は、早朝、大量の霧が発生。さらに雲一つない空から朝陽が射し込みと、まるで白い神の啓示を受けているような神秘的な風景に一変した。光が強烈だったので、レンズにPLフィルターとNDフィルターを重ねて撮ってみた。撮る時は気付かなかったが、手前の雑木が邪魔だった・・・残念。
▲正面から撮影した「白神の啓示」
▲白神の朝・・・萌黄色のブナ
▲ブナの若葉 ▲ミズナラの若葉と花
▲ハウチワカエデ ▲オオカメノキ(ムシカリ)
▲新緑のブナ  
▲苔生すブナの巨樹
▲サカサ沢中間部の旧テン場

 この周辺一帯は、深いブナの森に覆われ、ツツミ沢のように日本海から吹き下ろす強風の影響がほとんどない安全地帯である。かつては良く利用したテン場であったが、今は何年も利用した形跡がなく、林床にはチシマザサが繁茂していた。
▲サカサ沢右岸のミズバショウ群落その1

 雪が残るなだらかな斜面に群生するミズバショウ群落・・・その奥を流れる沢がサカサ沢である。ブナの森から湧き出す湧水と残雪の雪解け水で育つ秘境の花園である。
▲ちょうど見頃のミズバショウ群落
▲サカサ沢右岸のミズバショウ群落その2

 サカサ沢右岸には、ミズバショウ群落が二ヵ所ある。下流側の群落は、日当たりが良く旬は過ぎていた。一帯を歩き観察していると、クマが食べた痕跡が至る所にあった。ミズバショウの根茎には吐き気、下痢の作用がある。冬眠明けのクマは、ミズバショウを食べて体内の毒素を排出すると言われている。
▲透き通るような清流を彩るニリンソウ
▲サカサ沢中間部・・・「ブナの新緑と清冽な流れ」

 両岸からブナ林が沢に迫り出し、ブナのトンネルのようになっている。サカサ沢の清流は、木漏れ日を浴びて所々白く反射して見える。左から苔生したブナの小沢が流入しているが、この水をコップに汲んで飲めば、殊の外冷たく、五臓六腑に染み渡る美味しさ・・・こうした「白神の名水」は至る所にある。
▲ブナの森から湧き出す「清冽源流水」・・・この水こそ「命の源」である
▲新緑と青空と雪渓の美
▲キクザキイチゲ ▲エゾエンゴサク ▲カタクリ

 雪が解けたばかりの斜面には、キクザキイチゲやエゾエンゴサク、カタクリ、パッケなどの早春植物から、日当たりの良い斜面には、晩春から初夏の花々を観察できる。
▲ゼンマイが群生していた岩場 ▲エゾノリュウキンカ
▲雪渓が連続するサカサ沢を下って追良瀬川本流をめざす
▲サカサ沢で最もマイナスイオンが高いナメ床と小滝

 圧倒的にブナが多い新緑の森林美、ナメ床の窪地を滑り落ちる清冽な流れと瀬音、そしてマイナスイオの飛沫・・・世界自然遺産・白神山地の核心地域は、日常では決して見ることのできない別世界・・・だからいつ見ても美わしく心地よい場所である。ここを過ぎると、ほどなくツツミ沢合流地点である。
▲下流から見て、右からツツミ沢、左からサカサ沢が合流する二又

 この二又下流右岸には、かつて二ヵ所のテン場があった。その周辺を歩いて観察してみたが、いずれも使われた形跡はなく、草木に覆われていた。追良瀬川源流部一帯は、明らかに訪れる人が少なくなっているように思う。
▲追良瀬川本流に懸かる「マス止めの淵」

 イワナウォッチングが楽しめる淵だが、雪代で煮えたぎっていたので泳ぐイワナの撮影は不可能であった。もし、イワナの習性を知らない旅人なら、イワナの魚影が見えない淵を見て、イワナが激減したのでは・・・と思うに違いない。
▲アズマヒキガエルの蛙合戦

 マス止めの淵下流の左岸は、湧水と雪解け水でできた池や水たまりが三か所ある。その全てでアズマヒキガエルの繁殖行動が見られた。物凄い数のアズマヒキガエルが一斉に集まり、オスがメスをめぐって争奪戦を繰り広げる光景は、いつ見ても凄まじい。
 自然界の生き物は全て、食べること、寝ること、子孫を残すことに全人生を費やす。少子高齢化時代と言われて久しいが、もっと自然界の生き物たちから学んでほしいと思う。
▲白い花を咲かせたヤマワサビとウドの畑  
▲湿った岩場に群生していたウルイ ▲エゾノリュウキンカ
▲透明度が高いツツミ沢の清流

 核心地域・追良瀬川源流部に位置するツツミ沢は、透明度が抜群に高く、夏の渇水期でも決して枯れることはない。その証が清流のシンボルと言われるイワナである。瀬尻から走るイワナを観察しながら白滝、黒滝をめざす。
▲イワキンバイ ▲キバナイカリソウ
▲苔生す清流

 二又から500mほど上流に歩くと、右手から小沢が流入する。かつては、津梅川大又沢支流カネヤマ沢を詰めツツミ沢へ至る山越えルートとして利用していた。残念ながら現在指定ルートから外れている。ツツミ沢は、穏やかな河原が延々と続く沢だが、ここより上流部は、唯一階段状の苔生すゴーロ帯がある。ザックから三脚を取り出し、スローシャッター撮影を何度も繰り返した。 
撮影機材

 3日間とも好天に恵まれたが、それだけ日中の光は強烈であった。そんな中でもスローシャッター撮影するため、PLフィルターにND8のフィルターを重ねて撮影してみた。今回撮影に使用したボディはEOS Kiss X7i 、レンズは新発売されたタムロン16-300mmF/3.5-6.3の18.8倍・高倍率ズームレンズである。写真を足で撮るには、レンズの描写力より、軽量で機動力、フレーミング重視の機材を優先している。

 レンズは、前モデルより90g重くなった分(重量450g→重量540g)、軽い三脚では安定感に欠け、ケーブルレリーズを利用してシャッターブレを防いでもブレることがあったのは残念であった。白神山地核心地域へのアプローチには苦労させられるが、その分感動も大きく、撮影した枚数はこれまでの最高・・・1千枚を超えた。
▲オオタチツボスミレ ▲コバイケイソウ 
▲白滝沢と黒滝沢合流点右岸の旧テン場も、しばらく使われた形跡はなかった。
 白滝沢方向に向かうと、青空と新緑、分厚い雪渓に埋もれた谷、その左手方向から流れ落ちる白滝の瀑布が見えた。今回の最大の目的は、追良瀬川源流に懸る最大の滝・白滝の洗礼を浴びることであった。
 分厚い雪渓を対岸に向かって上る。振り返ると、白滝の絶景が広がる。「ザーザーザー」と物凄い音を響かせながら岩盤を滑り落ちる迫力、飛び散る飛沫は分厚い雪渓を這い上がって舞い上がる。青空と新緑、白い帯と雪渓のコントラストが実に美わしい。中段に根こそぎ落ちてきた木が立っているのがちょっと邪魔なのだが・・・それを割り引いても200%満足する絶景である。
 夏の渇水期になれば水量が少なく、魅力に乏しい。この白滝の絶景は、雪代の時期が水量、マイナスイオンとも高く、その神々しい迫力はピークに達する。だから追良瀬川が最も遡行しやすい夏では、決して拝むことのできない絶景である。この滝は、世界自然遺産核心地域における最大のパワースポット・・・追良瀬川巡礼では、決して外せないスポットである。
 しばし白滝を鑑賞した後、黒滝に向かう。その途中に懸る小滝周辺のゴルジュ帯は、かつて沢通しに歩くことができた。しかし、数年前に岩が崩れて足場がなくなってしまった。右岸の滑り台のような岩場を際どく高巻くしかない。重い荷を背負っていれば滑落の危険があるので注意が必要である。つまり、自然は刻々と変化し、崩落や地すべり、災害などによって遡行の難度も変わることに留意する必要がある。
▲分厚い雪渓に埋もれた黒滝

 黒滝を越えると、旧岩崎村小又沢上流カンカケ沢に至るマス道ルートがある。しかし、今ではほとんど歩いている形跡は見られない。しかもカンカケ沢に上る沢は非常に紛らわしく、地図とコンパス、高度計がなければ正確に辿ることは困難である。もし沢を1本間違うと、大又沢上流カネヤマ沢方向に行きかねない。
追良瀬川源流部を訪れる人は、なぜ少ないのだろうか

 その理由は、指定ルートに従って核心地域を歩けば分かる。追良瀬堰堤の下流から遡行するとなれば、源流部まで丸二日もかかる。しかも雪代や大雨ともなれば遡行は不能に陥る。最短コースの山越えルートを辿ったとしても、道は皆無で、かつての踏み跡や巻き道も草木に埋もれルート選定が難しい。

 車止めからサカサ沢のテン場まで丸一日。マス止めの淵や白滝、黒滝まで行くとなれば丸二日はかかる。旧岩崎村の津梅川小又沢から黒滝沢〜ツツミ沢〜マス止めの淵に至るマス道ルートは、さらに歩く人が稀で、かつての踏み跡はないに等しい。

 もちろん、山小屋など皆無・・・だから野営用具一式を背負わねばならない。重い荷を背負ってのヤブ漕ぎ、滝の高巻きは苦行にも等しい。一度ルート選定を間違えば、予定の日には帰れなくなる。世界自然遺産に登録された当初は、大半の人たちがオーバーユースになることを危惧していたが、それは「杞憂」に過ぎないように思う。

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