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大場谷地、ナイアガラの滝、天狗湿原、関東沢、北ノ又沢遡行、北ノ又湿原、魔のヤブ漕ぎ、自然は寂しい
 会結成30周年記念として、約10年ぶりに八幡平「秘境の花園」コースを歩いてみた。久々に魔のヤブ漕ぎをしてみたが、60歳を過ぎると、こんなに老体にこたえるとは・・・。それでも新人二人の喜ぶ顔を見ると嬉しくてたまらなかった。やはり・・・「苦労した分だけ感動も大きい」。
八幡平・秘境の花園コース(2014年7月18日〜20日、パーティ4名)

 大ノ助沢(1,110m)〜八幡平稜線(1,350m)〜仮戸沢〜三ツ又BC(992m)〜ナイアガラの滝〜東ノ又沢〜天狗湿原(1,090m)〜関東沢〜三ツ又BC(992m)〜北ノ又沢〜北ノ又沢湿原(1,370m)〜大深山荘(1,428m)〜赤川〜樹海ライン(1,150m)〜大ノ助沢入口・車止め(1,110m)
▲八幡平・大場谷地

 朝4時半、秋田市を出発・・・国道341号線を八幡平方向へ走る。玉川ダム・宝仙湖、玉川温泉を過ぎると、左手に花の絨毯が目に止まる。大場谷地は、湿原に木道が整備され、誰もが気軽に高山植物を鑑賞できる。大場谷地の標高は1000m前後・・・秘境の花園の標高(1100m〜1380m)より若干低いだけなので、花の旬を事前に調査するには最適である。
 ご覧のとおり、ワタスゲとニッコウキスゲは満開・・・他にモミジカラマツ、トキソウ、サワラン、ハクサンシャクナゲ、マルバシモツケ、ハクサンチドリなどが咲き乱れ、秘境の花園を遡行する意欲が益々高まった。
 樹海ラインから大深沢源流三ツ又への最短コースが大ノ助沢である。約10年ぶりに歩いてみたが、源頭部のヤブ漕ぎにはまいってしまう。今では、大深山荘を改築する際に工事関係者の方々が歩いたという赤川コースを利用する人たちがほとんど。なぜなら、難所には数本のロープがぶら下がっており、大深山荘までヤブ漕ぎゼロだからである。
▲大ノ助湿原のトウゲブキ

 大ノ助沢は、途中で枝沢が幾つも入り込んでいる。だから沢の合流点では、慎重に高度計と磁石で現在地と進むべき方向を確認する必要がある。かつて、慣れたルートだと甘く見て、勘を頼りに歩いたら、一番高い嶮岨森(1435m)方向に進んでしまったことがあった。今回は、慎重に確認しながら進み、目的のお花畑に迷うことなく到着できた。

 コバイケイソウとイワイチョウはほぼ終わり、黄色のトウゲブキやミヤマキンポウゲ、ニッコウキスゲ、白のカラマツソウが満開に咲き誇っていた。草花に覆われた斜面には、幾筋もの湧水が音を立てて流れ落ちている。クマは、こういう場所が好きらしく、草を踏み倒して歩いたクマ道ができていた。
▲カラマツソウ ▲ニッコウキスゲ ▲ミヤマキンポウゲ
▲コバイケイソウ ▲モウセンゴケ

 このお花畑から稜線までの源頭部は、辟易するほど濃厚なヤブが待ち受けている。来るな、と言わんばかりにチシマザサ(ネマガリダケ)が沢の方向に傾き、しかも密生している。それでも食べ頃のタケノコが生えていれば、気も紛れるが、全て長刀のようになっていた。

 ひたすら密生するヤブをかき分け進むしかない。強引に上ると、跳ね返ったチシマザサがヘルメットをバチバチと叩きつける。背丈を越えるヤブ漕ぎは、進むべき方向が全く見えない。だから常に磁石で確認しながら進むしかない。先が見えないだけに心身ともに消耗が激しい。
 稜線はまだか、と思っていると、ヤブの向こうから「お〜い、ここだ」と叫ぶ声が聞こえた。何ともありがたい。その声の方向を頼りに泳ぐように登り切って、稜線登山道に出た。腰にナタとノコギリを下げた二人は、「ヤブが揺れでいるがら、クマだがど思った」と苦笑いしていた。

 一番低いコル(1350m)から、再度、魔の笹薮に突入する。仮戸沢への下降は、笹薮が沢の方向に傾いているので問題なく進むことができる。ほどなく、赤い目印のついた仮戸沢の窪地に達する。
 魔の笹薮から湧き出す仮戸沢の源流水を汲み、乾いた喉を潤す。この水場で昼食とする。この仮戸沢は、大深沢の下降コースとしては良いのだが・・・最後の階段状ゴーロの勾配がきつく、膝が笑うようになるので注意。帰路は、ヤブ漕ぎがないと言われる東ノ又沢か、秘境の花園がある北ノ又沢コースがオススメである。
▲三ツ又のテン場(仮戸沢左岸高台)

 10年も経つとテン場も変わる。かつては、三ツ又下流の右岸にテン場があった。今は久しく利用されず草茫々になっていた。現在のテン場は、洪水の心配はないが、水場まで少々遠いのが難点である。
▲北の又沢出合 ▲東ノ又沢出合

 ナベちゃんと須崎君は、北ノ又沢に入り、今晩のイワナ調達に向かった。私とT相棒は、薪集めなど源流酒場の準備をする。新人二人のノルマは10匹・・・果たして釣れるのだろうか。2時間経過しても帰る気配がない。2時間半が経過・・・迎えに行こうかと思った矢先に帰ってきた。
 目標10匹に対して、9匹・・・まずまずの釣果であった。けれども、サイズに不満が残った。思えば、大深沢のイワナは、腹部の柿色が濃い赤腹イワナであることと、サイズが小さいことが大きな特徴である。それにしても、一回り小さくなっような印象を受けた。 
▲シロバナニガナ ▲ナイアガラの滝へ

 二日目は、三ツ又下流の通称「ナイアガラの滝」の見学に向かう。快適なナメ滝とナメ床を下る途中、倒木に引っかかった10mほどのザイルを拾う。ほどなくナイアガラの滝の上に出る。
 ナイアガラの滝右岸側の崩壊は、10年も経過すると、かなり進んでいた。とても巻きルートには使えそうにない。中間部にあった木は、とうの昔になくなっている。岩の下を覗くと、ザイルらしきものが下がっていた。ザイルの劣化を考えると安易には利用できない。今回は、上から眺めるだけで引き返した。
 三ツ又からナイアガラの滝まで一枚岩盤の上を清冽な水が滑るように走るナメ床やナメ滝が連続している。この「天国の散歩道」を初めて歩く新人二人は、さすがに感激・・・カメラを向けると、自然とガッツポーズスタイルになった。
 ナメが続く東ノ又沢を上り、関東沢との間にある天狗湿原に向かう。10年前の窪地ルートを見つけることができず、そのわずか下流の斜面を上った。すると、記憶にない小沢があった。この小沢を登り切ると、天狗湿原の最下部の地点に出ることができた。
▲標高約1100m、秘境の花園「天狗湿原」

 天狗湿原は、周囲をアオモリトドマツの原生林に囲まれた別天地・・・草原化が進んでいるものの、ニッコウキスゲの最盛期に来れば、見事なお花畑に変身する。残念ながら、その最盛期は過ぎたばかりであった。それでも無人境のお花畑を彷徨い、草花の観察・撮影に夢中となった。
▲秘境の花園を撮る

 天狗湿原は、クマにとっても楽園らしく、至る所にクマ道ができている。こうした楽園をテリトリーにしているクマは、大深沢の主に違いない。だから、腰にクマ避け鈴を下げ、人の存在をアピールすれば、クマの方から逃げてくれる。里に近いチンピラグマとは大違いである。
▲イワイチョウ ▲キンコウカ(金光花) ▲トキソウ
▲タニウツギ ▲金光花の群落・・・相棒と同じ名前の花
▲サワラン ▲ウラジロヨウラク
▲関東沢・二段15mナメ滝を釣る

 関東沢は、2007年に葛根田川〜関東沢〜ヤセノ沢〜小和瀬川の4泊5日に及ぶ沢旅以来、7年ぶりのことであった。イワナに関して言えば、これまで最悪の結果であった。それは何故なのか・・・どう考えても謎としか言いようがない。
 早速、滝壺で竿を出した須崎君に赤腹イワナがヒット・・・この満面の笑みをみたら、連れてきたかいもあるというもの。サイズに不満はあるものの、2匹をゲットした。ここまでは、幸先の良いスタートであった。この滝は、左岸を高巻き、二段の滝のすぐ上に降りる。
 滝上でも須崎君に、赤腹イワナがヒット・・・カメラを向けるとご覧のとおり満面の笑顔。けれども、この幸運は長続きしなかった。標高1060m、左から枝沢が合流する地点から上流部になると、イワナのアタリは止まってしまった。

 イワナがいないわけではない。上流へ、下流へと走るイワナははっきり見える。けれども、ほとんどブドウ虫のエサを追おうとはしなかった。試しに毛バリを落としてみたら、食いつくどころか、逃げる始末・・・その理由はイワナに聞くほかない。ただ逃げるイワナのサイズが、一回り小さいのが、やけに気になった。
▲美しいナメと釜が続く美渓を釣リ上がる
 この滝は、下流の15m滝と並び、イワナが遡上できない魚止めの滝である。遡上本能を持つイワナは、こうした魚止めの滝壺に相当数たまっている。何とか数匹をゲットする。本来なら、この滝までで今晩のイワナは十分調達できるはずであったが・・・結果は全く足りない。

 もちろん、この滝上にもイワナは生息している。だから、滝上を釣り続けるしかない。T相棒は、この滝壺で粘るというので、3人が右手を小さく巻いて滝上を釣ることにした。
 標高1,100m程度まで探ったが、エサにも毛バリにも全く反応しない。イワナは見えるのに・・・先行者でもいるのかと、疑いたくなるほどだった。諦め下ると、魚止めの滝で粘っていたT相棒は、何と4匹も釣っていた。これらを踏まえて想像すると・・・イワナは釣り人を極端に警戒していたように思う。

 かつては、沢登りコースとして八瀬森山荘から関東沢右俣へ下るルート、ヤブ漕ぎのない東ノ又沢ルートがよく利用されていた。いずれもイワナの食いは良くなかった。ということは、かつてマニアックなルートに過ぎなかった関東沢左俣ルートを歩く人が増えたと考えるしかないのだが・・・いずれにしても、サイズが一回り小さくなっている現実を考えると、釣りはしばらく休みにしておくべき印象を受けた。
▲ハクサンシャクナゲ ▲モミジカラマツ

 小雨が降り続く中、関東沢から天狗湿原を横断し、クマ道を辿って東ノ又沢に出る。東ノ又沢は、延々とゴーロが続く。何とか夕食分のイワナと明日の昼用の塩焼きイワナを釣りあげテン場に戻る。新人二人は、イワナの刺身づくりに挑戦。

 イワナの皮を剥ぐ→三枚におろす→身を切る。口では簡単だが、慣れないと難しい。首が切れたり、身が骨に多く残ったり・・・こればかりは現場で実践を積まないと上手にならない。失敗した刺身でも問題ない料理は、「イワナのたたき風刺身」である。

 刺身用の切り身に玉ねぎ、カイワレ大根、ニンニク、ショウガ、醤油を入れてよくかき混ぜ、30分ほど漬ける。ボリュームたっぷりで酒の肴に合う。今晩のメインはこれで決まり。
 三日目、目が覚めたのは朝の7時。起きるのが遅かったが、熟睡したので体力が回復した。朝食をとり、テン場をきれいに片付け、記念撮影して三ツ又を出発したのは10時半頃。せめて9時頃には出発したかったが・・・この遅れが響いて、車止めに着いたのは、暗くなる寸前の7時半であった。

 北ノ又沢は、アオモリトドマツに混じってブナなどの広葉樹も多く、しばらく美しいナメ床とナメ滝が続く。くそ暑い夏の暑さを吹き飛ばすシャワークライミングには最適の沢である。
 標高1040m地点にくると、左から美しいナメ滝、右からは本流に懸かるナメ滝が両サイドに現れる。このナメ滝は、左を上るが岩盤がヌルヌルして滑りやすい。重い荷を背負って上り下りする際は、滑る危険がある。安全を期して、ザイルで確保することにする。

 まず空身で上って左の立木に10mザイルをシングルでボーライン結びにし、拾った10mザイルをフィッシャーマンズ・ノットで連結して使用する。こうすれば、初心者でも安全に上ることができる。
 北ノ又沢は、幅の広いナメ滝が多い。途中から小雨が降り出したので、カメラをザックにしまう。標高1,130mの二又を過ぎたあたりから、次第に傾斜が増し、標高1,250m〜1,350mは急登のゴーロの階段が続く。この急登を上り切ると、一転、穏やかとなり、秘境の花園Part2の北ノ又湿原が現れる。
 1,360m地点まで来ると、前方の高台にニッコウキスゲの花が見えた。相変わらず小雨が降り続いていたが、ここで写真を撮らないわけにはいかない。ザックからカメラを取り出し、雨に濡れないように首から下げて雨具のチャックを閉める。撮りたい時だけ、雨具から出して素早く撮る。
▲秘境の花園Part2の北ノ又湿原

 北ノ又湿原は、北ノ又沢源流左岸の標高1370m〜1415m付近にある。左側に傾斜した斜面にニッコウキスゲの群落が連なり美しい。湿原は、左にカーブしているが見えない先にも花の楽園が続いている。極楽浄土、桃源郷を漂泊しているような気分に浸る。

 2005年同じ時期に来た時は、コバイケイソウが満開であった。コバイケイソウは、斜面下側と水路沿いに群生するが、今回は全て花は終了していた。
▲雨にしっとり濡れたニッコウキスゲ
▲ヨツバシオガマ ▲イワイチョウ ▲モミジカラマツ
▲ミヤマセンキュウ ▲ハクサンチドリ 
▲池塘・・・秘境の「神の田」 ▲チングルマ

 お花畑の湿原には、数個の池塘が点在している。池には、ミヤマホタルイが群生し、まるで稲のように見える。だから里の人々がこうした池塘を見れば、山の神様がつくった田んぼで作占いをしたくなるのもよく分かる。池塘の周囲には、虫が集まるらしく、食虫植物の「モウセンゴケ」がびっしり生えている。

 また、池塘の周囲には、イワイチョウやチングルマ、ニッコウキスゲ、コバイケイソウなどの草花が周囲を彩るように群生していた。
▲神の田んぼでクマが遊んだ跡

 この池は、山の神様がつくった苗代にそっくり。ツキノワグマは、その苗を引っこ抜いて水浴びでもしたのだろうか。秘境の池塘で水浴びをするクマを想像すると、楽しいだろうな〜と笑みがこぼれる。
▲秋田を元気にしてくれそうな余所者「須崎裕」・・・Travel Design

 須崎君は、昭和60年、大阪府生まれ・・・何と我々が山釣りの会を結成した年に生まれている。そして会の30周年記念事業の山釣りに初参加。何とも不思議な縁を感じる。愛知県出身の菅江真澄のように秋田から遠く離れた余所者でないと、「秋田が捨てた宝物」は発見できないだろう。大いに期待したい。

魔のヤブ漕ぎ

 北ノ又湿原から登山道までは猛烈な笹薮に覆われている。標高1,370mのヤブ沢に入り、南東方向にある大深山荘めざして進む。蛇行する小沢に覆いかぶさる笹薮が物凄い。それをかき分けながら進む。上からは雨、内からは汗で全身がびしょ濡れ状態になった。

 ヤブ漕ぎは先頭が最も疲れる。疲れ果てて、途中から先頭をGPSを持っているナベちゃんに交代する。 歩いても歩いても登山道に着かない。それでも、さすがはGPS・・・ピタリと大深山荘に躍り出た。それにしても疲れ果てた。

 後で考えると・・・笹薮の傾きに逆らって、標高の高い南東方向に進んでばかりいると体力の消耗が激しくなるだけであった。だからもっと早く北東の方向に進み、大深山荘より標高が低いコル方向をめざして進むべきだった。その方が遥かに楽であったように思う。
▲イワカガミ ▲大深山荘

 大深山荘には、二人の登山者が外に出ていて、我々が道もない笹藪から出てくるのを見てビックリしていた。「沢登りですか」「いやいや、イワナを釣って、北ノ又沢を上ってきたんです」「釣れましたか」「いや、食べる分だけね」・・・時計を見ると既に6時。急がないと暗くなってしまう。

 再度荷を担ぎ、登山道をほんの少し下ると、窪地に木橋が架かっていた。それが赤川である。確かに登山道からヤブ漕ぎなしで赤川の窪地を下る。水枯れの石の階段を転がり落ちるように下る。やっと堰堤の向こうに樹海ラインのガードレールが見えた。舗装道路を歩き、大ノ助沢車止めに辿り着いたのは、暗くなる寸前の午後7時半・・・ぎりぎりセーフであった。
▲今回のメンバーは、左から渡部、高橋、須崎、菅原の4名

自然は寂しい

 「魔のヤブ漕ぎ」をしながな思い出したのは、「昭和の菅江真澄」「旅する巨人」と言われた民俗学者・宮本常一氏のメッセージである。それは、ドキュメンタリー番組「日本の詩情」(昭和40〜41年)を制作した際、その冒頭に流れる。

 「自然は寂しい
  しかし、人の手が加わると暖かくなる
  その暖かなものを求めて歩いてみよう」


 このメッセージの意味は、道なき道を歩いた者でなければ分からない自然観が見事に表現されている。例えば、山の中で道に迷った時、「自然は寂しい」とつくづく思う。そんな時、ブナの幹に刻んだナタ目を発見すればホッとする。今回は、魔の笹海の向こうに、人の手で建てられた大深山荘を発見して小躍りしてしまった。この宮本氏のメッセージには、「自然と人間と文化」に対する答えが隠されているように思う。
旅とは発見と学びの場

 「本物をみるということは『あるく』以外に実は方法のないものなのです。自分自身が体験を持たない限り、その本物はわかりようがないのです。そして『みる』ことの中に発見があるのです。物をみるということは、外側からみるだけでなく、まず内からみることが大事なことになってきます。

 ・・・真剣に物をみていけばいくほど、わからないことが増えてくるのですが、わかったと思い込むのではなくて、わからないことを確かめて、明らかにしていく、それが大切なことです。旅とはそういう場だと思います」(「宮本常一著作集31 旅にまなぶ」) 

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