山釣り紀行TOP

 車止めに着いた時、愛用のカメラを忘れたことに気付く。こんな時に限って、一生に一度あるかないかの夢のようなドラマが現実になった。丸太のように魚体が太く肉厚な、通称「丸太イワナ」のサイズは、38cmを筆頭に、36cm、35cm、33cmは何と5匹など、尺上イワナが二日間で合計15本も釣れた。さらに、下流部ではテンカラで尺ヤマメまで釣れる「夢のような山釣り」であった。
 夢のような山釣りのオマケ・・・テンカラにヒットした尺ヤマメ。こんな「夢のようなドラマ」を美しく記録するために、山釣りでは欠点だらけの水に弱く、重くてかさばるデジタル一眼レフカメラにこだわってきたが・・・ここに掲載する写真は、ナベちゃんから借りた防水タイプのコンパクトデジカメ。撮影した写真は、実際に見た印象より遥かに迫力不足で、単なる記録写真になってしまった。あしからず・・・やはり、カメラはレンズが命である。
▲オオバキスミレ ▲ミヤマカタバミ

 2015年5月下旬、4名のパーティで秘密のイワナ谷に向かう。今年は、4月から気温が高く、雪解けも早いと思ったが、深山ともなると残雪が目立つ。黄色のオオバキスミレや紫色のスミレサイシン、タチツボスミレ、シラネアオイ、白のミヤマカタバミ、サンカヨウなどが杣道沿いを彩る。
▲サンカヨウ ▲リュウキンカ
▲谷沿いに続く杣道を堂々と歩いているクマの足跡

 昔のクマは、警戒心が強く、沢沿いを歩くにしても身を隠せる藪の中を歩いていた。だから、沢沿いでクマの足跡を見ることがほとんどなかった。2004年以前、ツキノワグマの明瞭な足跡を撮影できたのは、1988年葛根田川北ノ又沢源流の1回だけである。なぜなら、かつては、マタギや深山に小屋掛けしてゼンマイを採るプロの山菜採り、イワナ釣り、秋のマイタケを筆頭にナメコ、ムキタケなどのキノコ採りなど、早春から晩秋まで歩く人が絶えなかったからである。

 ところが、今は、マタギはもちろんのこと、クマを撃ったことのある猟師ですらゼロ・・・この杣道を歩く人はほとんどおらず、伸びた草に隠れて消えつつあった。久しく人が歩かなくなった杣道は、クマ道へと変わりつつあるようだ。 
▲テン場周辺にあったクマの糞

 ブナの倒木が横たわる河原をテン場とする。焚き火用には、良く燃えるブナの倒木が一番だからである。ちなみに水分を多く含む、サワグルミやトチノキは×。周囲を見回すと、真新しいクマの糞が二ヵ所もあった。人の歩いた形跡が稀で、かつクマの生息密度は、明らかに高い。ならば、イワナも期待できるであろう。
▲丸太イワナ

 昨日の雨と雪代で、いつになく水量が多い。絶好の釣り日和・・・顔が小さい割に、魚体が太い「丸太イワナ」が入れ食いで釣れた。胃袋には、落下昆虫や小さな羽虫をお腹いっぱい食べてパンパンに膨れていた。エサが豊富で、イワナの成長の速さを物語る魚体である。しかも、サイズは9寸から尺上・・・ヒットすると、一気抜きはできないほど重い。
▲上から見ても、肉厚のイワナであることが分かる

 笹濁りの瀬尻から、片手で掴み切れないほど太い丸太イワナが入れ食いで釣れたら、誰だって興奮してしまう。まして釣りバカ、イワナバカ・・・完全にギアは、釣りモードに突入。
▲33cmの丸太イワナ
 第一日目は、33cmが3本、尺イワナは合計5本であった。これだけでも凄いのだが、二日目の源流部は、イワナ天国であった。
▲アイコ(ミヤマイラクサ) ▲ウド ▲シドケ(モミジガサ)
▲太くて粘り気抜群のヤブワラビ
▲春シイタケ、アキタフキ、ウド。他にヒラタケを採る。
▲丸太イワナの活造り(32cm〜33cm)

 白花が咲いているヤマワサビを手づくりのまな板の上に敷き、三枚におろし、ブチ切りにした刺身を活造り風に盛り付ける。天然ワサビの根をすりおろし、ワサビ醤油でいただく。酒の肴は、他にアイコ、シドケ、ワラビのおひしたし、ウドの酢みそ和え、唐揚げなど。
▲ヤマワサビの白花
 一日目の夜は、寒さで目が覚めるほど冷え込んだ。お蔭で二日目の朝は、雲一つない快晴に恵まれた。源流部へと続く谷沿いの杣道は、ほとんど歩く人がおらず、草に埋もれて迷いやすい。昨日、会長らが要所要所に赤い目印をつけた。それを頼りに上流に向かって歩く。詰めは、険しい斜面を乗っ越し、一気に源流のイワナ谷に降り立つ。
 雪渓が大量に連なり、まだ雪代が続いていた。だから、小さな谷とはいえ、流れは意外に太い。残雪が解けたばかりの斜面には、バッケやカタクリ、キクザキイチゲ、エゾエンゴサクなどの早春の草花が咲いていた。
▲ゼンマイとシラネアオイ

 日当たりの良い崖地には、シラネアオイとともにゼンマイが群生していた。ゼンマイ班の会長とダマさんと別れ、私とナベちやんの二人で釣り上がる。
 第一投目から尺を越える丸太イワナが釣れた。一気抜きは無理なので、下流の河原に引きずり込んでからデジカメを構える。近付くと、暴れてなかなか撮れない。生きているイワナを撮るには、イワナに警戒されないように倍率の高いデジカメでないと×。暴れて疲れ果てた一瞬をとらえて撮るしかない。だから、やたら時間がかかった。それでも、手に余る丸太イワナは、他では見られないだけに感動に値する。
▲丸太イワナを象徴する個体

 顔の大きさに比べ、体高は倍以上もある。一見、メタボ状態の特殊なイワナのように思うが、釣れるイワナのほとんどが、こんな感じの丸太イワナばかりである。
 午後から雪代で水嵩が増し、濁り始めた。すると・・・
 尺を越えるイワナが入れ食い状態となった。それも、33cm、35cm、36cmと次第に大きくなっていった。そんな夢のような釣り場が、目の前に厳然としてあった。このイワナ谷への入渓は、今年一番というだけでなく、釣り人が何年も入っていないのであろう。だから、あれほど警戒心の強い尺イワナが、無警戒にエサを追う・・・まさにイワナ天国であった。 
 ナベちゃんが釣り上げた36cmのイワナ。このイワナも、体高が顔の倍以上もある丸太イワナである。
 尺を越えるイワナが立て続けに釣れるイワナ天国に酔いしれ、なかなか前に進めなくなった。時計を見ると、午後3時・・・深さが深く細長い大場所に辿り着く。右岸の瀬尻を狙ってエサを振り込むも反応なし。右岸の岩場の小段に立ち、渕の上流左岸の瀬を流す。すぐさま、目印が止まり、竿が弓なりになった。
 強引に水面に顔を出させると・・・デカイ。上下流に激しく動き回る。イワナの動きに逆らわず、弱らせてから、下流にいたナベちゃんの傍に寄せて、両手でつかんでもらう。愛用のカメラなら、もっと迫力のあるアングルで撮影できたのだが・・・誠に残念。平々凡々の写真しか撮れなかった。釣りベストに入れていたミニ巻尺で計測すると、38cmであった。

 3時半に納竿。尺を越えるイワナは、10本に達していた。こんな素晴らしいイワナの楽園が、身近に誕生した幸せをしみじみと感じた。もともとこの沢は、魚影の少ない沢であった。ところが2004年にクマ出没騒動が発生した頃を境に、クマと比例するかのようにイワナの魚影が濃くなっていった。少子高齢化時代を迎え、人間が自然から撤退するとどうなるか・・・ニホンジカやイノシシの侵入、人も車も恐れないクマの生息拡大など、生き物たちの動向は、我々の想像を遥かに超えているように思う。
 81歳の会長は、危険な崖地に生えていたゼンマイをザック一杯に背負って急斜面を上る。確かに山は、心身ともに若返らせる効果があるらしい。ちなみに、会長によると、ゼンマイが生えている斜面をクマがあちこち歩いた跡が凄かったという。イワナと同じく、クマの生息密度も高くなっている・・・これもホントの話である。
▲ヒラタケ ▲ウド
▲38cmのイワナは、鮭と同じく赤みを帯びて美しい。
 シイタケは、塩をふって串刺しにし、焚き火で焼いた。81歳の会長は、丸太イワナを焚き火の遠赤外線で焼くために、盛大な焚き火をおこした。昨日の料理に加え、塩焼きシイタケ、ウドの天ぷら、きんぴら、フキの煮付けも加わり、豪勢な肴で酒を飲む。
 三日目の朝食は、焚き火で焚いた白いご飯に卵納豆、ワラビ、アイコのおひたし、ヒラタケとアイコの味噌汁。朝の木漏れ日が射し込む自然庭園を眺め、マイナスイオンを浴びながら食べる食事は、これに勝るものなし。
 木漏れ日が射し込む右岸の水面には、無数の小さな虫が水面スレスレに飛び交っていた。時折、イワナがライズする姿が見えた。これを見てしまったら、釣りの虫が動き出す。テンカラに茶色の竹濱毛バリを結んで振り込む。すぐさまヒットしたのが上の写真。しばらくエサ釣りばかりしていたが、久しぶりにテンカラをやってみると、毛バリは勝負が早く、リリースするにもダメージが少ないことに改めて気付かされた。
 もうキープする必要はないので、イワナを釣っては写真を撮り、リリースしながら釣り上がる。4尾目にヒットしたのが、上の写真の尺ヤマメ・・・テンカラの黄色のラインが上流に走るのを見てゆっくり合わせる。テンカラ竿が弓なりになり、抵抗するパワーの凄さに、尺を越えるイワナかと思った。強引に岸に寄せると、丸太イワナより体高が高い尺ヤマメであった。

 これまでヤマメを専門に追ったことがなかったから、尺ヤマメを釣るのは初めてのこと。38cmのイワナを筆頭に尺を越えるイワナ15本と尺ヤマメ・・・こんな夢のような山釣りのフィールドが、身近な釣り場に出現したことに、嬉しさを通り越して驚くほかない。 
 テンカラは、エサ釣りより興奮する。理由はともかく、これホントの話である。羽虫が飛び交う初夏になると、やっぱり毛バリ釣りが楽しい。

山釣り紀行TOP

inserted by FC2 system