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 2015年6月27日(土)〜28日(日)、「第26回ブナ林と狩人の会 マタギサミットin山形」が、東北芸術工科大学、ヒルズサンピア山形で開催された。マタギ関係者や研究者、学生、一般参加者など約150名が参加。東北地方を中心とした中山間地域の未来を考える「放射能汚染以降、東北の自然再生をめざして」をテーマに講演と、恒例の交流会が開催された。(写真:神室連峰のブナ林)
公開シンポジウム
 「マタギサミット」恒例の講演は、「公開シンポジウム」として東北芸術工科大学(山形市)本館407教室で開催された。司会は、蛯原一平・東北文化研究センター講師、開会のあいさつは、同研究センター所長の田口洋美先生。当初、今年の開催は、東京大学弥生講堂で行う予定であったが、外国人観光客が急増し、100人規模の宿泊を確保できなかったという。このため、急きょ、山形で開催することとなった。

 また、「都市と野生動物」をテーマに、7月25日、東京大学弥生講堂・一条ホールで、第1部 基調講演「日本の狩猟文化から学ぶもの」、第2部 パネルディスカッション「マタギたちが考える まちとむらを守るために今、必要なこと」を開催する旨の報告があった。もちろん、入場無料、事前申し込み不要。
講演@ 「鳥獣保護法改正と現場−山形県置賜地域の現状から−」
▲二瓶 秀憲(山形県置賜総合支庁環境課)
▲環境省「シカが日本の自然を食べつくす!? ▲「狩猟の魅力まるわかりフォーラム」(秋田県)

法改正の趣旨

 近年、ニホンジカやイノシシの生息数が急速に増加するとともに、生息地の拡大が起き、希少な植物の食害など生態系への影響や、農林水産業・生活環境への被害が深刻化している。一方、鳥獣捕獲に中心的な役割を果たしてきた狩猟者が減少・高齢化しており、捕獲の担い手の確保育成が課題になっている。

 こうした状況に対応するため、法の題名を「鳥獣の保護及び管理並びに狩猟の適正化に関する法律」に改め、法目的に「鳥獣の管理」を加えた。また、ニホンジカとイノシシについては、指定管理鳥獣と定義し、積極的な捕獲の推進を行うこととした。
置賜における鳥獣の現状(平成26年度)

 当地域は、県内でも鳥獣の生息数が多い地域で、特にツキノワグマは931頭(推測)で県全体の4〜5割を占めている。捕獲数は、95頭で県全体の43%を占めている。ニホンザルの生息群れ数は42群れで、県全体の43%、捕獲数は406頭で県全体の61%を占めている。

 イノシシ・ニホンジカの生息数は把握していないが、イノシシの捕獲数は47頭で県全体の36%を占めている。
平成25年度の作物被害状況

 県内では、鳥類の被害が全体の66%を占めているほか、サクランボなどの果樹被害が83%を占めている。一方、全国的には、イノシシとニホンジカが66%を占めるほか、野菜・イネ・果樹・飼料作物がそれぞれ20%前後を占めている。

 今後、イノシシとニホンジカが増加すれば、現状の果樹被害に加えて、さらに野菜・イネ・飼料作物などの被害が増加することが懸念される。
山形県で使用を推奨しているイノシシ用箱ワナ

 ワナの上部に30cm×30cmの穴が開いているので、ツキノワグマが入っても脱出できる利点がある。ツキノワグマが入った場合を想定すれば、ワナの上部を補強すればベスト。

ツキノワグマの出荷自粛要請

 平成24年9月10日、原子力対策本部から、ツキノワグマ肉の出荷を控えるよう出荷制限指示があった。現在も出荷制限は、解除されていない。県全体で出荷制限を解除するための基準(厚生労働省)は、「一市町村当たり3検体以上の検査結果が全て基準・100ベクレル以下で、さらに全市町村で同様の検査結果データが必要」となっている。

 ツキノワグマの生息は、地域によって偏在している。さらに、11月15日以降の猟期には県全体で6頭と少ないのが現状で、解除するための検体数を捕獲することは不可能である。ならば、クマ肉出荷制限の解除についてどうすればよいのか。・・・この大きな問題について、田口洋美先生は、全県の解除ではなく、一部地域で部分的に解除するよう提案がなされた。
講演A 「原発事故からの復興を目指して〜野生動物管理と狩猟」
▲今野 文治(新ふくしま農協)
▲厚生労働省医薬食品局食品安全部・PDF「食品中の放射性物質の対策と現状について」より

 食品の安全基準値100ベクレル/kg以下の指標については、様々な意見があるが、現場の経験から妥当な数字だと思う。
▲同上PDFより

 イノシシについては、1000ベクレルと高いが、ニホンジカは100ベクレル以下、ヤマドリは60〜40ベクレルまで下がっている。ただし、ヤマドリについては昨年1100ベクレルと高い個体もあった。ニホンザルについては、数年後に100ベクレル以下になるのではないか。ただし、白血球など血液成分の減少など造血機能の低下が見られる。

 福島県内における野生動物の放射性物質濃度は、イノシシを除いて、年々右肩下がりになっているが、季節的に見ると、その変動は大きい。従って、国として出荷制限を解除するのは難しいのではないか。そんな中、資源利用を前提にした狩猟の再生を考える場合、まず「安全安心を担保する検査体制の確立強化」が必要であると力説した。
講演B 「放射能汚染以降 マタギ文化の行方」
田口 洋美(東北芸術工科大学東北文化研究センター所長)
 クマを捕獲しても出荷できない現状や、放射性物質を蓄積した野生動物の移動・拡散をどう防ぐかといった問題は、マタギ文化の行方を左右する大きな問題である。それだけに、田口洋美先生は、「ブナ林と狩人の会:マタギサミット」として、二つの提案をしたいと語った。

 そもそも狩猟とは、資源利用を目的とした行為である。伝統的な狩猟者は、有害駆除であっても、山の神様からの授かり物として、奪った命を持続的資源利用の中に組み込んできた。しかしながら、山形県内全域でツキノワグマの出荷停止が続いている。このままでは、狩猟者の意欲が減退し、地域の人々にとっても極めて危機的な状況の継続となる恐れが強い。

 一方、朝日山系は、放射性物質の影響が少ない。こうした「汚染レベルの低い地域、または汚染レベルにない地域に関する出荷制限の部分(限定)解除を提案」したい。
 もう一つの提案は、「福島県内におけるイノシシの駆除数は年間1万頭を超えている。この駆除は、県内に生息し、かつ汚染された野生動物の広域的拡散を防止するための抑止行為として行われている。・・・しかし、狩猟者の高齢化と引退という現実の中で、この抑止的駆除狩猟の持続性は危機的である。

 このため、福島県周辺の6県(宮城・山形・新潟・群馬・栃木・茨城)の広域的拡散を抑止するため狩猟者の協力体制を構築する必要があり、当該地域狩猟者の実施隊、有害駆除従事者に関して、狩猟登録税を免除し、福島県内での駆除狩猟に協力できる体制の整備を提案したい」と語った。
▲恒例の交流会(ヒルズサンピア山形)

 例年、交流会は凄まじく、1次会、2次会、さらには3次会と続き、まともに飲んでいると倒れてしまう。我々の部屋でも寝たのは、午前1時半であった。
 来年の開催地は、鈴木牧之「秋山記行」で有名な長野県栄村(秋山郷)で開催することが決まった。ちなみに前回、栄村で開催されたのは2008年、第19回マタギサミットin栄村であった。
▲マタギの先祖・磐司磐三郎の祠は、山寺五大堂から左に少し入った右手の岩穴にある。

 今回は、山釣りの会の若手ホープ・ナベちゃんと一緒にマタギサミットに参加した。サミット開催前に、山寺の磐司磐三郎伝説を伝えるべく、山寺に立ち寄った。

 マタギ発祥の地と言われる根子の伝承によれば・・・山寺を狩場にしていた磐司磐三郎という猟師が、慈覚大師・円仁にこの地を譲り山寺の開山に協力。その山寺で修業した後、宮城から大館市十二所を経て、根子にやってきて、部落の者と一緒に狩りをしたのが、根子マタギのはじまりと言われている。
 慈覚大師・円仁は、栃木県下野の出身で、第三代天台座主になった大変優れたお坊さんだった。彼は、東北の寺々のほとんどを開いたと言われている。だから、「西の弘法大師・空海」に対して、「東の慈覚大師・円仁」とも形容されている。根子マタギの伝承を引用するだけで、マタギの精神文化は、円仁が東北各地に開山・布教した密教・山伏修験道の影響を強く受けていることが容易に推察できる。
▲神室山有屋口(山形県金山町) ▲水晶森口方向にあった道祖神

 もう一つ立ち寄ったのは、金山町の神室山登山口。神室連峰の北外れ、水晶森(1097m)と黒森(1057)の鞍部・標高934mは、「有屋峠」と呼ばれている。今から1200年余り前、古代蝦夷制圧の新道として開削された「雄勝道」は、山形県金山町から有屋部落を経て、神室山塊の有屋峠を越え、湯沢市薄久内に出て由利へ抜ける古道であった。その山形県側の起点なっている「水晶森口」を確認しようと向かったが、残念ながら車道の崩壊が著しく、途中で引き返すしかなかった。
▲神室山(1365m)山頂

神室参りと風習

 金山町有屋地区では、神室山を西の月山に対して、「東のお山」と呼んでいた。初夏と初秋の二回登排するのが習わしで、これを「神室参り」と呼んでいた。かつて男たちは、登る前3日間は、村の行屋にこもって精進してから登った。もちろん信仰の山・神室山は、女人禁制で、かつ家族の誰かがお産をしたり、死んだりした場合は、登排することができなかった。これらの風習は、マタギの風習とも良く似ていることが分かる。
神室山と坂上田村麻呂伝説

 神室山にまつわる伝説によれば、昔、神室山に加羅王・悪路王という賊が、村人を苦しめていた。それを退治したのが征夷大将軍の坂上田村麻呂といった、東北のどこにでもあるお決まりの伝説がある。こうした東北人の先祖、マタギの末裔でもある蝦夷を「賊」扱いするお決まりの伝説の多さには、辟易するほどである。我々東北人は、こうした田村麻呂伝説がやたら多い現実に対して、もっと、もっと、縄文・蝦夷の復権を力説する必要があるように思う。
▲大美輪の大杉(金山町有屋)

 水晶森口には行けなかったが、その代り、有屋集落を通る途中で見つけた「大美輪の大杉」に出会えた。その大杉は、樹齢約300年、享保(1716年〜1736年)年間に植林されたものだという。伐採を目的として植えられた杉としては、国内最大級と言われている。その苔生した大杉の巨木は、115本・・・天然秋田杉の森に劣らず、訪問者を圧倒する迫力があった。
参 考 文 献
「シンポジウム 東北地方を中心とした中山間地域の未来を考える」講演資料
「第26回 ブナ林と狩人の会:マタギサミットin山形」配布資料
「ネイチャーガイド 神室連峰」(神室山系の自然を守る会編、無明舎出版)
▲山寺の大イチョウ ▲芭蕉句 ▲ヤナギラン

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