想い出の源流紀行⑪ 画像数16枚
NO.1
北海道日高山脈・静内川支流シュンベツ川 1998年8月
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(なぜか文字化けしてました。修正! 2000.12.2)

野生化したニジマスのファイトに心も体も震える

 日高山脈・静内川支流シュンベツ川、
 そこに待ち受けていたものは、数キロに及ぶ大函とヒグマの恐怖であったが、その奥に渓魚たちにとって夢のまた夢「渓魚の楽園」があった。
不気味な黒い岩が両岸から迫る大函をゆく

 羆のテリトリーに入り込まない限り
 日高の山釣りはできないが……


 静内川をめざす途中、熊鈴を買いに立寄った門別町の釣具屋の店主は、北海道の渓流釣りの常識を諭すように言った。
イワナの奥にヒグマが見えますか?
 「北海道の渓流釣りは、沢にキャンプしないのが鉄則だ。ヒグマのテリトリーにキャンプすることは、ヒグマをわざわざ呼び寄せるようなものだ。牧場の隅にでも許可を得てテントを張った方がいい。食べ物は、テントの中に入れず、テントから離れた木に吊るしておくことだ。」

 この言葉が、忘れかけていたヒグマの恐怖を呼び覚まし、野営釣行の戦意を危うく損なうところだった。それもそのはず、ヒグマの密度が最も高い静内川支流シュンベツ川の大函上流をめさず矢先のことだったからである。

 これまで雨や災害で実現できずにいたが、今回は天気も上々、こんな絶好の機会はない。正直言ってヒグマのオヤジも怖いが、ヒグマのテリトリーに入り込まない限り、日高の源流岩魚に出会うことはできない。
日高R脈襟裳国定公園の看板
 シュンベツ川は、中部日高の盟主・カムイエクウチカウシ山(1,979m)やナメワッカ岳(1,799m)、イドンナップ岳(1,748m)を源流とする長大なV字渓谷である。地図を見ればわかることだが、チャワンナイ沢までは流域も広いがその下流部は一気に圧縮され、特に大山(1,361m)より下流は極端に圧縮されたV字谷となっている。遡行が容易でないことは地図を見ただけでも容易に想像できる。さらに車止め上流に、林道がない区間は、この圧縮されたチャワンナイ沢までである。

 当然のことながらヒグマの生息密度も濃いだろう。ということは、渓魚の魚影も濃いに違いない。


 地元の釣り師たちは全て日帰り釣り

 春別ダムを過ぎると、まもなく林道のゲートがあったが、幸い開放されている。イドンナップ川との林道合流点より右の林道に入る。

 車止めは、かつて集材に利用された所で広い。
 既に車は四台もあった。
 札幌と室蘭ナンバーの車であったが、地元の釣り人はキャンプをしないのが一般的である。荷造りをしていると、昼前なのに五人のルアーマンが帰ってきた。

 「釣れましたか」
 「まあまあ釣れましたよ」と笑いながら答えてくれた。

 「ビグの中を見てもいいですか」と尋ねるとビグを差し出してくれた。
 8寸ほどのニジマスと7寸ほどのイワナが十数尾入っていた。
 シュンベツ川にしては、型が小さい。

 北海道と言えども、日帰り区間は東北と同じで大型は期待できないようだ。昼までに全ての釣り人が帰ってきた。

 釣具屋の店主が言ったように、ヒグマのテリトリーにキャンプをしない鉄則は守られている。最後に帰ってきた単独釣り師は、犬を三匹も連れていた。ヒグマ対策として犬を連れてきたのだろうが、吠える犬はヒグマを興奮させ、かえって危険だと言われている。

 いずれにせよ、地元の釣り人たちは、全てヒグマを意識した行動をとっている。それだけにヒグマの怖さが凄みを増してくる。


 険悪な大函と藪と化した巻き道に悪戦苦闘
V囃Jを埋め尽くす巨岩。とにかくスケールがデカイ
 シュンベツ川は、東北の源流とは桁違いに広大である。
 雨でちょっと増水しただけで進むことも後退することもできなくなる。
 予備を含めて五日分の食料と酒を背負った。
 肩に食い込む重さだ。
 十二時、いよいよ遡行開nだ。

 大函には、高巻きルートがあり半日もあれば長大な大函の上流にでることができると思っていたが、それは実に甘い考えであった。

 四百メートルほど進むと谷はだんだん狭くなり、両岸の壁も直に近くなる。廊下を腰まで浸かりながら進む。

 それにしても流れは太い。

 右手に函の上段から一気に落下する白糸の滝を過ぎると谷はさらに狭くなり、渡渉が難しくなる。一人での渡渉は危険だ。スクラム渡渉を繰り返しながら進む。

 直径十メートルもある巨大な岩が、V字谷を埋め尽くし、その向こうに険しい山が行く手を阻むかのように聳え立っている。二キロほど進むと無数にあった釣り人の足跡も無くなる。ヒグマのテリトリーに向かう緊張感と屹立する大函の威圧感に襲われる。

 大岩をのっ越すと、前方に見える谷は、極端に狭く黒い岩盤が拒絶するかのように連続しているのが見えた。やむなく、草付けを掴みながら左岸の巻きに入った。すぐに巻き道に達する。笹薮と化した巻き道だが、最初は快適だった。

 ところが、だんだん藪がひどくなり、道はケモノ道同然となった。
 ヒグマは日中薮で昼寝をするというが、2mもある笹薮を進むのは気持ち悪いことこの上ない。アップダウンを繰り返しながら密生するクマザサを進む。

 ヒグマの恐怖が背筋を走り、釣具屋の店主の言葉が何度も頭を過る。
 「北海道の渓流釣りは、沢にキャンプしないのが鉄則だ。」
不気味な黒い岩が両岸から迫り、見るものを圧倒する大函 。この激流をイワナもニジマスも遡上していったことが、どうしても信じ難い。
 何度も踏み跡を間違えてロスが酷くなり、距離はほとんど進まなくなる。この巻き道は、ほとんど利用されていないことは明らかだった。唸りをあげて流れる函は、歩いても歩いても延々と続き、沢に下りることもできない。

 今まで見たことも無い険悪な函だ。
 これじゃ、まるで地獄谷だ。

 北大山の会著「日高山脈」には次のように記されている。
 「昭和3年7月、慶大山岳部の斎藤長寿郎氏らがカムイエクウチカウシ山からシュンベツ川を下った。だが、本流の峻悪な函で行き詰まり、上アブカサンペ沢へエスケープした。」

 昭和33年電源開発調査の際に左岸に刈り道がつけられるまで、シュンベツ川は、その上流の一部分が歩かれたのみだったのである。左岸に巻き道がつけられたとは言え、既に四十余年も経ている。数キロに及ぶ大函を越え、野営する釣り人や山菜採りがいない限り、藪と化すのは当然のことだった。


 やむなく函にビバーグ
数キロに及ぶ大函にビバーグ
 屹立する壁にぶつかり、道を探すも容易に見つからない。
 時計を見ると午後四時を過ぎていた。
 暗くなるまでに大函を通過するのは、どう考えても無理、しかもヒグマは、夕暮れから活発に行動する。藪をいたずらにさ迷っていては危険きわまりない。やむなく、やや広くなった函にビバーグすることを決意した。

 狭い谷底を流れる水の音は、屹立する黒い岸壁に木霊し、せせらぎどころか凄まじい轟音を発していた。岩に登って薄暗いゴルジュを覗くと、突出した黒岩は、まるで巨大なヒグマと化して襲ってくる。遡行メを圧倒するに余りある大函だ。

 ネコの額ほどの河原を整地しテントを張る。
 増水した時の水位は、何と十メートルを超える。雨が降れば、すぐに逃げなければ危ないテン場だったが、選択の余地はなかった。

 中村会長が、夕食のイワナを釣るためにわずかな淀みを狙って竿を出す。何といきなり尺イワナが上がってきた。僅か数メートルの間で三尾のイワナをキープ。わずかなイワナではあるが、貧しい食事を豊かにするには欠かすことのできない貴重な渓魚だ。

 大函とヒグマに守られた岩魚に感謝しながら、おいしくいただく。酔わないと、ヒグマの恐怖と函に木霊する轟音で眠れない。藪こぎの疲れで酒は超特急で全身を駆け巡り、深い眠りに翌ソた。


 大函で三十三センチの尺岩魚

 午前三時、函の轟音で目が覚める。大函終点。洪水は、岩肌と草木の境界まで達している。
 外に出て用をたしたが、なかなか眠れない。うとうとしながら狭い函の朝を迎えた。すばやくテン場を片付け、八時過ぎに出発。

 今日は何としても大函を突破しなければならない。
 ところどころにテープはあるものの、巻き道はないに等しいものだった。藪を掻き分け進むが、岸壁が行く手を阻み、高巻きのアルバイトを強いられる。時間が過ぎても距離はほとんど進まない。

 先が見えないだけに苦しい。

 谷の流れる幅は、わずか三~五メートル、その瀬にイワナが上流を向いて悠然と泳ぐ姿が数尾見えた。かなりの距離だが尺は優に越えていることは間違いない。当然のことながら大岩魚の期待は膨らんだ。大函の巨岩に潜む33センチのイワナを釣る

 やや広くなった函の中間に降り、ザックを下して休憩。
 大岩の巻きこみや瀬など岩魚の好ポイントに堪らず会長が竿を出す。大岩の下の巻き込みに餌を送り込む。淀みとは言え、3B以上のオモリでないと釣りにならないほど流れは太く速い。

 餌はブドウ虫、すぐに竿は大きな弧を描く。
 デカイ、33センチの尺岩魚だった。

 岩穴に潜んでいるせいか、アメマス系のイワナにしては魚体が黒い。
 ゴルジュ帯は一般的に餌が少なく魚影が薄い。
 しかし、こうした区間で尺を越える岩魚が釣れるということは釣り人が入っていない証左でもあろう。

 壁の上に赤いテープを見つける。簡単に登れると思ったが、壁を掴む場所がない。ここは、ザイルを使って登る。いつ果てるともなく藪また藪の高巻きを繰り返す。
この一匹で、大イワナの予感にヒグマの恐怖を忘れる。
 やっと谷は明るくなってきた。
 函の終点は近い。
 巻き道を大きく外れたりしたために、ロスが多く、函の終点・大山の枝沢付近に到着するのに四時間近くを要した。

 函の終点、庭石にすれば素晴らしい大岩が点在する場所に荷を下す。もっと登れば広い河原で、絶好のテン場があることは容易に想像できたが、そうした場所はヒグマの通り道でもある。ヒグマでさえ渡れない激流区間こそヒグマも嫌いに違いない。それは大函の中とその周辺部しかない。いずれにせよ、ヒグマの痕跡のある場所ではキャンプできない。


 ヒグマの世界は渓魚の楽園

 荷を降ろし、昼食。多彩な色に染まった自然庭園の中を激流となって走る。
 釣りながらヒグマの痕跡がどこにあるか、安全なテン場はどこか探ろうということになった。午後二時、広くなった沢を釣り上る。

 大岩が点在するポイントは連続している。
 所々ある砂地には、人間の痕跡は皆無。あるのはエゾシカの足跡だけだった。当然、入れ食いに近い状態で釣れてくるが8寸サイズが標準、思ったより型は小さい。

 大淵では尺クラスのニジマスも釣れた。
 イワナ釣りにきてニジマスが釣れるのはガッカリだが、ファイトはイワナ以上だ。右岸から流れる小沢を過ぎ、良型のみをキープしながら先を急ぐ。

 一時間ほど釣り上ると、ついに見たくもないヒグマの足跡を発見。古い足跡だがデカイ、東北のツキノワグマとは比べ物にもならない。
沢沿いについていたヒグマの足跡。ここから魚影は俄然濃くなる。 こうした淵では渓魚が群れをなしていた。

 ヒグマの痕跡がある周辺からすこぶる魚影が濃くなった。
 私は、流れに突き出した大岩の上流にミミズの餌を落とす。
 餌が大石の下を潜り抜けると目印がピタリと止まった。
 すかさずアワせると重い。
 一気抜きは無理、穴に入り込もうとする岩魚を強引に下流に誘導、竿は大きな弧を描き、岩魚の動きが竿を持つ手にビンビン伝わってくる。

 三十三センチを上回る尺イワナだ。
 大きな白い斑点が全身を彩り、腹部も真っ白なエゾイワナ。
 すぐ上の仲間にも次々と尺前後のイワナが掛かった。
岩の穴から引き釣り上げた33.5センチ。
逞しい尾ビレで抵抗する野生の引きがたまらない。
腹部が真っ白のイワナと橙色のイワナの2增B
 わずか二時間ほどの調査ではあったが、尺を越えるイワナは四尾。
 釣り人の歩いた跡や焚き火の跡も皆無だった。

 予想していたとは言え、ヒグマの痕跡とイワナの魚影の濃さがピタリと一致していた。ここより上流は、ヒグマの密度は高いが渓魚の楽園であることは間違いなかった。ヒグマの恐怖と大イワナの期待は膨らむ。楽しみは明日に残しておこう。


 ヒグマに会わないためのキャンプ対策

 いずれにしてもヒグマに会わないための対策は慎重を要する。
 ヒグマが歩きやすいような河原は、テン場の好適地ではあるが危険だ。
 テン場は、なるべく函近くの激流地点にテントを張るのが安全だ。
 荷を下した場所の石河原を整地しテン場を構えた。
流れの緩い河原は、ヒグマの足跡だらけで危険。
 食料は、テントの中に入れると危険だ。
 ザックに入れてテントから離れた岩陰に隠す。
 もちろん、残飯を放置したり捨てたりすれば、ヒグマをおびき寄せることになる。残飯やゴミを捨てない、ということは釣り師として当然のマナーだが、ヒグマのテリトリーの中では初歩中の初歩である。

 焚き火をすれば、ヒグマをおびき寄せるから止めた方がいいという意見もあったが、礼儀をわきまえていれば心配ないだろう。ヒグマは焚き火を恐れないが煙を嫌う。特に油を燃やした煙には弱いという。賢いヒグマがわざわざトラブルを起こしに来るはずはないと思うが、人もそれぞれ性格や行動が違うようにクマも画一的でないから対応は難しい。

 流木を集めて焚き火を囲む。
 ヒグマの視線を感じながら、イワナとニジマスのムニエル、唐揚げをツマミに酒を飲む。何とも妙な感じだが、酔いが回ると野生味溢れるシュンベツ川の谷に吸い込まれるように深い眠りに落ちた。

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